食べ物のなかの残留農薬はどのようにして測るのですか。

そのまま食べても大丈夫?

残留農薬や食品における安全基準などについて

食べ物のなかの残留農薬はどのようにして測るのですか。

食品から残留農薬を抽出・精製してから高感度な分析機器を用いて測定します

食品中の残留農薬は、概ね以下の手順で行います。①一定量の食品をフードプロセッサー等で破砕して有機溶媒を加えて混合します。②食品中の残留農薬が有機溶媒に溶けだしてきます。③有機溶媒中の夾雑物を除去し、分析装置で残留農薬量を測定します。なお、①②の操作を抽出、③の夾雑物を除去する操作を精製といいます。

食品中の残留農薬を分析するには、上記のとおり、抽出、精製及び高感度の分析機器が必要となります。食品はさまざまな物質の混合物ですから、①②の操作で残留農薬以外の物質も有機溶媒中に溶け出してきます。これらは正確な分析値を測定する際の障害となります。そこで、何段階かの処理を経て有機溶媒中の夾雑物をできるだけ取り除きます。また、食品中の農薬含有量はごく微量ですから、分析法として高感度なものを使用します。代表的なものに、ガスクロマトグラフィー(GC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、あるいは質量分析(MS)があります。

食品あるいは農作物中の詳細な分析法(上記①②③の条件や分析装置)は、農薬ごとに異なります。ある農薬を登録認可申請する際に申請者(農薬メーカー)は分析法の一例を提出します。農林水産省や厚生労働省では、それを基に、あらためてその方法が最適であるか検討を行います。そして、その農薬が登録される時、あるいは残留農薬基準値が公表される時に認証された分析法が関係省庁から開示されます。このように公的機関で検討され定められた分析法は公定分析法(公定法)と呼ばれ、流通段階の食品中の残留農薬を分析する際等に使われます。流通段階の食品中の残留農薬分析に使われるのですから、一度の操作である程度複数の農薬を分析できるように工夫されております。

分析装置の原理

中学生や高校生の頃、みなさんはクロマトグラフィーと呼ばれる実験をしたことがありますか?様々な化学物質を有機溶媒に溶かし、その溶液を炭酸カルシウムなどの固形物質中を通過させると、固形物質との親和性の違いから、各化学物質がそれぞれ固有の速度で通過していくので、各物質を分けることができます。この現象は20世紀初めに知られるようになりましたが、現在、これを高度に応用した分析装置が、各種開発されております。

現在の主流として、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、及び質量分析があります。いずれも、化学物質が溶けた溶液を、流れている気体あるいは液体(移動相)に混合し、ガラス管あるいは金属管に充填したシリカゲル等の固形物質(カラム)中を通過させて目的の物質を検出します。

ガスクロマトグラフィーの仕組み
高速液体クロマトグラフィーの仕組み

ガスクロマトグラフィーでは、化学物質が溶けた溶液が分析装置に入ると、高温で揮発します。この気体を、水素や窒素、ヘリウムを含む空気の流れに乗せ、カラムを充填したガラス管に通すことで、溶液中の化学物質を分けて流出させることができます。高速液体クロマトグラフィーは、化学物質が溶けた溶液を、ポンプで流れている水や有機溶媒の流れに乗せ、カラムを充填した金属管に通すことで、溶液中の化学物質を分けて流出させることができます。いずれも、カラム出口にセンサー(検出器)が取り付けられており、どんな物質がどれくらいの量流出してきたのかを感知できるようになっております。感知できる限界を検出限界あるいは定量限界と呼びます。

ガスクロマトグラフィーはそのメカニズムから、比較的気化しやすい物質の分析に適しています。一方、高速液体クロマトグラフィーは、熱に不安定な物質や気化しにくい物質などの分析に適しています。

分析技術の向上

ところで、「農薬が検出されない」とは、一体どういうことでしょうか?食品中に農薬が本当に全くなかったのか、あるいはその分析装置の検出能力以下なのかはわかりません。そこで、分析結果において、検出されなかった場合は、「0」とは記録せず、「検出限界未満」あるいは「定量限界未満」と示します。

ガスクロマトグラフィーや高速液体クロマトグラフィーが導入された初期では、ppm(100万分の1)レベルだった検出精度が、技術の進歩によりppb(10億分の1)、ppt(1兆分の1)レベルとなり、したがって検出限界も下がり、以前は検出できなかったレベルの残留農薬が検出され、数値として表されるようになってきました。残留農薬の分析結果を見る時は、検出された・されないの違いではなく、その検出量に注意して見る必要があります。

質量分析について

ガスクロマトグラフィー(GC)や高速液体クロマトグラフィー(HPLC)のカラムでは、分離が難しい物質が複数含まれている場合があります。このようなとき、より精度の高い分析を目的として使われるのが質量分析(MS;マス)です。GCやHPLCのカラムの出口に、あらゆる方向から様々な電圧をかけることで、GCやHPLCのカラムでは分離が不十分な物質群も、分子量の違いにより分離できるようになります。GCの後に質量分析を行う装置をGC-MS、HPLCの後に質量分析を行う装置をLC-MSと呼びます。質量分析では、化学物質を分子量で分けることができますので、食品中の複数の農薬(異なる分子量の物質)を同時に調べることができます。

残留農薬の分析に関して、日本農薬学会では、年に2回の「残留農薬分析セミナー」を開催して、残留分析技術に係る法律と背景の卒後教育や、農薬等の一斉試験法の分析操作の習得を目的とした実習等を行い、分析技術者のレベルアップを行っています。

参考文献
*上路雅子他編著『残留農薬分析法』2002、ソフトサイエンス社
*日本分析機器工業会『よく分かる分析化学のすべて』2001
*河合潤、樋上昭男編『はかってなんぼ』2000、丸善
*福永一夫『農薬-安全性をめぐる技術と行政』1981、白亜書房
*小林裕子「農薬の残留分析」ぶんせき、1997-1
*島津製作所ホームページ:http://www.shimadzu.co.jp/

(2017年3月)