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そのまま食べても大丈夫?

残留農薬や食品における安全基準などについて

農薬がついた野菜などを食べると、癌(がん)になるのではないですか。

残留農薬でがんになるという報告はありません

食品に残留した農薬が原因でがんになるということはありません。その安全性は現在もっとも信頼できる試験の組み合わせにより、科学的に判断されています。

がん死亡要因に関する疫学調査や疫学者に対する調査でも、農薬はがんの主たる原因とはされていません。

発がん性を調べる試験

農薬登録の際に求められる発がん性に関する試験には、「変異原性試験」と「発がん性試験」があります。

「変異原性試験」は、変異原性(遺伝子(DNA)や染色体に変化を与えて細胞または個体に悪影響をもたらす性質)がないかを調べるもので、3つの異なる試験方法(「復帰突然変異試験」、「染色体異常試験」、「小核試験」)によって検査が行われます。このような異常が、体細胞で起これば発がんに、生殖細胞に起これば次世代の催奇形性・遺伝病の誘発につながる可能性があります。(下段、がんのできる過程参照)

「発がん性試験」は、農薬の毒性試験の中でもっとも長期間をかけて実施される試験です。ラットでは、24ヶ月~30ヶ月、マウスでは、18ヶ月~24ヶ月の期間、動物のほぼ一生涯にわたり農薬を混ぜた餌(または水)を与え飼育します。投与期間中に死亡した動物と投与期間が終了した動物は解剖し、がんの有無などが検査されます。

投与量は、がんの誘発がみられない用量(無毒性量)を求めるために3段階以上設定され、その最高投与量は何らかの毒性影響(体重増加抑制など)が認められる用量とされています。よって、例えば毒性の低い農薬で「1,000mg/kg 体重/日」の用量を投与した場合には、体重50kgの人にあてはめると、一日に50gの農薬(有効成分)を毎日一生にわたって食べることに相当します。このように、試験は現実に起きる暴露に比べ、非常に過酷な条件によって行われています。

発がん性に関するヒトへの安全性評価は、得られた結果をもとに科学的に判断し行われます。動物実験ではヒトではありえない高い用量を投与するため、そのような高い用量でがんの発生が認められることがあります。ただし、がんの誘発されない用量が確認できていて、ヒトが摂取する量との間に十分な安全域が確保できる場合、発がん性リスクは無視できることとなり登録することが可能です。

人の発がん原因に関する研究

人ががんになるのはどのような要因によるのか、それについては、1996年に発表されたハーバード大学による、「米国人のがん死亡要因に関するコホート研究」があります。コホート(cohort)とは集団という意味で、特定地域の人(大集団)の健康状態について、生活習慣や環境状態などの要因との関係を長期間に渡り調査分析を行うものです。結果は「がん死亡の推定寄与割合」として下の図-1に示しましたが、要因としては、「喫煙」と「成人期の食事・肥満」が各々30%と見積もられ、その他は5%以下のさまざまな要因が挙げられています。一方、「塩蔵品・他の食品添加物・汚染物質」(「農薬」の表現はないがこの項目に該当)の値は1%未満で、他の要因に比べてももっとも低い寄与率でした。

図-1.米国人のがん死亡要因
(1996、ハーバード大学)
米国人のがん死亡要因

上記に示したハーバード大学の報告結果は、一般の消費者ががんの原因として不安を感じている内容とはかなり違っているかもしれません。このことについては、「暮らしの手帖」(1990年)に関連する記事がありましたので紹介します。

図-2の上段は、主婦にがんの原因として考えられるものについてアンケートを取った結果です。また、下段は、英国の疫学者(サー・リチャード・ドル、国立がん研究所)が米国人のがん発生原因の推定寄与割合の最良値として算出した値です(ハーバード大学と同様の結果)。主婦ががんの原因として挙げたトップ3の要因は、「食品添加物(43.5%)」、「農薬(24%)」、「たばこ(11.5%)」の順でした。一方、疫学者の評価では、「ふつうの食べ物(35%)」、「たばこ(30%)」、「ウィルス(10%)」の順で、農薬はがん発生要因に入っていません。

図2.がんの原因として
考えている要因
がんの原因として考えている要因

がんのできる過程

発がんのメカニズムについては、複数の因子が段階的に関与して起こるという説がよく知られています。

まず化学物質やウィルスなどの発がん物質のうち、イニシエーターによって、細胞内の遺伝子が障害を受け変異します(イニシエーション作用)。そこにさらにプロモーターが加わると、細胞の増殖が促進されます(プロモーション作用)。この細胞がさらに遺伝子に障害等を受け変異した場合に細胞はがん化します(プログレッション作用)。

しかし、通常は細胞のなかにある「DNA修復遺伝子」や「がん抑制遺伝子」が遺伝子を修復したり細胞の異常増殖を抑えたりして、がん化するのを防いでいるために、遺伝子変異のすべてががん化することはなく私たちは健康でいられると考えられます。この「DNA修復遺伝子」や「がん抑制遺伝子」が正常に機能しなくなると発がんに至ると考えられます。

発がん物質にはイニシエーターとして働くもの、プロモーターとして働くものがあり、どちらか一方だけでは細胞はがん化しないのです。タバコの煙に含まれるベンツピレンや紫外線、ウィルスはイニシエーターとしてはたらき、塩分はプロモーターとしての働きをもっているといわれます。イニシエーターとプロモーターの両方の性質を持った物質もあります。

私たちが日常生活で接している物質にも、食物などの天然物質を含めて発がん性があるといわれる物質はたくさんあります。それでも、がんにならないのは、ヒトに備わっている防御機構によることはもちろんですが、その物質が発がんイニシエーターかプロモーターかなどの違い、日常生活のなかでその物質に接触する程度などによるものと考えられます。発がんのリスクが示唆されている場合には、そのリスクを現実的な被害としないために適切に管理されることが求められます。

*:発がん性試験によって、がんの誘発性の有無が調べられ、がんが認められた場合にはそのメカニズム試験が実施されます。イニシエーション作用によるものかプロモーション作用によるものかを変異原性試験の結果なども参照し判定します。プロモーション作用の場合はがんの誘発されない用量(閾値)があると考えられるので、閾値以下に農薬の摂取量を管理することでヒトへの安全性が確保できます。イニシエーション作用によるものと判定された場合は農薬登録されません。

参考文献
*福田秀夫『農薬に対する誤解と偏見』2000、化学工業日報社
*松中昭一『農薬のおはなし』2000、日本規格協会
*深海浩『変わりゆく農薬』1998、化学同人
*日本農薬学会『農薬とは何か』1996、日本植物防疫協会
*永田親義『がんはなぜ生じるか』2007、講談社
*暮らしの手帖1990年4・5月号、暮らしの手帖社
*食品の安全性に関する用語集(第4版)2008年10月、食品安全委員会
*日本トキシコロジー学会編集『トキシコロジー』2001、朝倉書店
*農林水産消費安全技術センター:https://www.acis.famic.go.jp/shinsei/
「農薬の登録申請において提出すべき資料について」
*国立がんセンターがん対策情報センター「がん情報サービス」:https://ganjoho.jp/public/index.html

(2022年3月)