農薬は本当に必要?

農薬に関する法律、指導要綱、社会的役割などについて

以前使用されていたDDT、BHCやパラチオンはもう使われていないと聞きました。戦後から現在まで農薬はどのように変遷・進歩してきたのでしょうか。

農作物や環境での残留が問題とされたDDTなどの農薬は製造販売が中止され1971年には登録も無くなりました。その後、毒性が低く毒物や劇物に該当しない農薬が増えて今では出荷量の大部分を占めるようになりました。また、色々な分野で使用できるよう農薬の種類は増え、より少量で病害虫や雑草の被害を抑えるものが開発されています。

殺虫剤では、パラチオンなどの毒性の高い剤は姿を消し、DDT、BHCなどの有機塩素系の農薬は残留性、魚毒性などの点で、低毒性の有機リン剤に置き換わっていきました。続いて、除虫菊の有効成分から開発された、低薬量で幅広い種類の害虫に有効な合成ピレスロイド系が開発普及されてきました。ピレスロイド系と同時期に、フェロモン剤や天然物利用の殺虫剤、化学合成殺虫剤でも選択性の高い成長抑制剤(IGR剤)等の開発も進みました。その後、神経受容体と結合することにより殺虫作用を示すネオニコチノイド系、マクロライド系、ジアミド系などが次々に開発されて現在に至っています。

殺菌剤では、戦後、有機水銀剤がいもち病防除薬剤として、米の増産に大きな貢献をしました。しかし、この水銀が米に残留することが分かり、非水銀系殺菌剤の開発が急がれました。その結果、まず抗生物質が、続いて有機リン系や有機塩素系などの殺菌剤が相次いで開発されました。その後、新規の殺菌作用を示すベンゾイミダゾール系、ジカルボキシイミド系、酸アミド系、エルゴステロール生合成阻害剤(EBI剤)やきのこ類が産生する天然の抗糸状菌性物質であるストロビルリン系、コハク酸脱水素酵素阻害剤(SDHI剤)などが次々に開発されて現在に至っています。

除草剤では、戦後まもなくフェノキシ系の2,4-PA(2,4-D)がアメリカから導入されました。その後、フェノール系のPCPが開発され、多用されるようになりましたが、各地で魚に対する被害が問題になり、魚毒性の低い水田用除草剤に置換わっていきました。続いて、10アールあたりわずか数グラムで高い除草効果を発揮し、人畜に対する安全性も高く、環境への負荷も少ないスルホニルウレア系の化合物が開発され、これらを中心に混合剤が多数開発されました。さらに、カロテノイド合成を阻害するHPPD阻害型のものなど作用機構の異なる高活性な薬剤の創製が進み、新たな混合剤が開発され普及しています。水稲以外の果樹園、畑作、緑地管理用の除草剤も開発、普及されてきましたが、人畜毒性、魚毒性及び環境問題から薬剤の変遷が進んでいます。

化学農薬が本格的に日本に導入されたのは第二次世界大戦後のことです。その象徴がDDTやBHCでした。それ以外にも、以下に示すような様々の農薬が海外から導入され、あるいは国内で開発されてきました。それらの農薬は農業生産力を高めただけでなく、省力化を通じ、高度経済成長期に必要とされた労働力を農村から都市に供給することを可能にしました。

図 わが国における殺虫剤、殺菌剤、除草剤の変遷
図 わが国における殺虫剤、殺菌剤、除草剤の変遷

[殺虫剤]

有機リン剤やピレスロイド系が主流に

進駐してきた米軍によりDDTがノミやシラミなどの防疫用に持ち込まれ、続いて大量に輸入されるとともに、1947年(昭和22年)からは農業用にも使われるようになりました。さらにBHCが水稲害虫のウンカ類やニカメイチュウ類に著しい効果を示したため、1949年(昭和24年)から普及しました。そのほか有機塩素系の殺虫剤では、アルドリン、ディルドリンが土壌害虫防除用途などに使われました。

それら有機塩素系と併行して登場してきたものが有機リン剤です。まずTEPPが1950年(昭和25年)に導入され、パラチオンは、1952年(昭和27年)からニカメイチュウや果樹害虫の防除に急速に普及しました。反面、パラチオンによる中毒事故が多発したことから、有機リン剤の低毒性化の研究が進められました。MEPなどが国内では開発され、また、マラソン、ダイアジノンなどの低毒化された有機リン剤が相次いで導入されました。こうして有機リン剤は殺虫剤の主力となりました。

DDT、BHCなどの有機塩素系の殺虫剤は残留性、魚毒性などの点で、また、パラチオンは、低毒性の殺虫剤(有機リン剤など)の普及に伴い、1969年(昭和44年)から1971年(昭和46年)にかけて生産が中止されました。

一方、1959年(昭和34年)以降のNACを皮切りに、多くのカーバメート系殺虫剤も次々に国内で開発あるいは海外から導入されました。

また、国内ではイソメ毒(ネライストキシン)にヒントを得たカルタップ、ベンスルタップも開発されました。

有機リン剤やカーバメート系殺虫剤に続いて、除虫菊の有効成分から開発された合成ピレスロイド系殺虫剤の開発が世界各国で進みました。その特長は一般に幅広い種類の害虫に効果的で、速効性と残効性があり、低薬量で効果があることがあげられます。欠点としては、魚に対する毒性の強い化合物が多いこと、害虫の抵抗性が発達しやすいことなどがあります。

現在は、ネオニコチノイド系殺虫剤も多く使用されています。このニコチノイドとはタバコ葉に含まれるニコチン、ノルニコチン、アナバシン類縁アルカロイドを指します。天然殺虫剤として戦前から使われてきましたが、選択性等に問題がありました。そこで、種々の類縁化合物が検討され、特有の基本構造の導入により実用化されました。本系統の薬剤は、神経のシナプス後膜におけるニコチン性アセチルコリン受容体と結合することにより殺虫作用を示します。

一方、昆虫のホルモンの仕組みを利用した新しいタイプの殺虫剤も実用化されています。昆虫成長制御剤(IGR)は、昆虫の表皮を作っているキチンの生合成を妨げたり、変態や脱皮に係わる幼若ホルモンと似た物質によって変態の進行を妨げたりして、最終的に害虫を死に至らせる殺虫剤です。作用メカニズムがまったく違うので、既存の殺虫剤に抵抗性を示す害虫にも有効で、施用時期を選べば天敵や有用昆虫、鳥類などへの影響が少ないという特長があります。

昨今では、微生物醗酵より産生され、土壌放線菌が産出する物質で、チョウ目害虫などの神経系を阻害するマクロライド系のエマメクチン安息香酸やスピノサドが開発されました。加えてチョウ目害虫のリアノジン受容体に特異的に作用するジアミド系殺虫剤など新規系統の剤が次々と開発され、これらの剤は効果及び安全性の面から急速に普及を拡大しました。

上記以外にも、害虫の性フェロモンを合成して、(1)発生予察、(2)大量誘殺、(3)交信撹乱に利用する技術が開発されています。最も効果的とされているのは、メスの性フェロモンを大量に散布することで、オスが迷って本物のメスの所にたどり着けないようにする交信撹乱への利用です。性フェロモンは、害虫の種により特異性があるので、他の生物や環境への影響はないと考えられ、近年、種々の薬剤が実用化されています。

以上のような化学農薬に対して、微生物(細菌、糸状菌、ウイルス)や線虫、天敵昆虫を利用した生物農薬の開発も進んでおり、細菌起源のBT剤に続き、昆虫感染菌を使ったパストーリア・ペネトランス、天敵線虫のスタイナーネマ・カーポカプサエ、天敵昆虫のオンシツツヤコバチなどが導入されています。

[殺菌剤]

抗生物質やEBI剤も

第二次世界大戦後、有機水銀剤が、いもち病防除用殺菌剤としての目覚ましい効果により、米の増産に大きな貢献をしました。しかし、この有機水銀が米に残留することが分かり、非水銀系殺菌剤の開発が急がれ、ブラストサイジンS、IBP、カスガマイシンなどが国内で開発されました。

また、イネの種もみ消毒も有機水銀剤によりおこなわれていましたが、いもち病用殺菌剤の非水銀化にともない、ベンゾイミダゾール系殺菌剤やエルゴステロール生合成阻害剤(EBI剤)に置き変わってきました。

現在のいもち病防除剤は、病原菌に作用して病気を防除するのではなく、稲体に作用してその病害抵抗性を高める作用を示すプロベナゾールやイソチアニルといった抵抗性誘導剤や、病原菌に直接の殺菌作用を示さないが、いもち菌が稲体に侵入する際形成する付着器に存在するメラニンの生合成を阻害剤することによって感染を予防する、フサライド、トリシクラゾール、ピロキロンなどが主流となっています。

イネ紋枯病防除用殺菌剤は、初期にはTUZに続いて有機ひ素剤が独占的地位を保ってきました。その後抗生物質が進出し、ついでカルボキシアミド系および酸アミド系などの殺菌剤が国内で開発され、さらにいもち病と紋枯病の両方に効果を示すストロビルリン系殺菌剤も実用化されました。

園芸用殺菌剤は、大きく分けると有機硫黄系、ベンゾイミダゾール系、ジカルボキシイミド系、アミド系、グアニジン系の薬剤が使用されてきました。

また、この分野でもEBI剤が普及し、主力となっています。EBI剤は病原菌の細胞膜を構成するエルゴステロールの生合成系を阻害して抗菌性を発揮します。予防的にも治療的にも効果を示すこと、比較的少ない薬量で効果を発揮すること、植物体内に速やかに浸透するため、耐雨性もあることなどの特長があげられます。

さらに、担子菌(きのこ類)が産生する天然の抗糸状菌性物質であるストロビルリン類化合物をリード化合物として開発された新しいグループの殺菌剤も広く使用されています。これらは幅広い抗菌スペクトラムをもち、予防的にも治療的にも効果を示します。

また、土壌殺菌剤では、クロルピクリン、ダゾメット、フルスルファミドなどがあります。

戦後、土壌中の有害生物の防除剤としてくん蒸剤が導入され、広く使われるようになりました。くん蒸剤は蒸気圧が高くガス化して作用します。クロルピクリンは害虫・線虫・土壌病害に有効で、D-Dは線虫防除が主体ですが一部土壌病害にも有効です。くん蒸剤は急性毒性が高く異臭や催涙性を持つものもあるため、取り扱いには細心の注意が必要です。

[除草剤]

スルホニルウレア系で低薬量を達成

第二次世界大戦後まもなくフェノキシ系の2,4-PAがアメリカから導入され、最初の水田用除草剤として1950年(昭和25年)に登録されました。しかし、2,4-PAには、寒冷地ではイネの生育障害を起こすという欠点があります。2,4-PAに続いてイギリスからMCPが導入され、低温条件下でも効果が落ちないため北日本にも普及していきました。

その後、フェノール系のPCPが1957年(昭和32年)に導入され、ノビエに顕著な効果を示すため全国的に多用されるようになりました。ところが、1961年(昭和36年)、各地で魚に対する被害が問題になり、魚毒性の低い水田用除草剤の開発が急がれました。その結果、DCPAなどいくつかの除草剤が開発され普及しました。

その間、水稲の移植時期の早期化が進み、従来に比べより長期間にわたって雑草を防除する必要性が高まったことから、移植前後に使用する初期剤と移植後10日〜25日に使用する中期剤との体系使用が広く普及するに至りました。初期剤にはジフェニルエーテル系のCNPやクロメトキシニルの単剤、あるいは他剤との混合剤が使用され、中期剤はベンチオカーブ、モリネート等のカーバメート系除草剤を核にトリアジン系シメトリン等と、フェノキシ系のMCPB等を混合した製剤が使用されました。

一方、これらの剤が普及する中で河川等への影響が懸念されるようになり、低薬量で高活性を示す薬剤の開発とあいまって、一回の散布で中・後期の体系処理を省略する目的で、第一世代となる一発処理剤が開発されました。代表的なものにピラゾール系のピラゾレートと酸アミド系除草剤との混合剤があり、これらが体系使用されていた薬剤と急速に置き換わっていきました。

その後、10アール当りの使用量が数グラムの低薬量で幅広いスペクトラムを持ち、高い効果を発揮するスルホニルウレア系除草剤(SU剤)が開発されたことから、1980年代後半よりそれらを核とした混合剤が第一世代の一発処理剤と置き換わり、急速に普及しました。1990年初頭には水稲作付面積の80%近くで使用されるまでに至りました。

しかし、1990年代半ばから各地でSU剤抵抗性の雑草が報告され、近年ではSU抵抗性雑草にも効果が認められる薬剤の開発が進み、新たな混合剤が創製され普及しています。

畑地用除草剤は水田用除草剤に比べ導入が遅れ、1950年(昭和25年)にCATが導入されてから、各種の除草剤が多岐にわたる作物との組み合わせで使用されるようになり、ジニトロアニリン系のトリフルラリン、ペンディメタリンおよびその混合剤が比較的幅広く使用されているようになっています。

果樹園の下草除草、緑地管理の除草などにはパラコートが多用されていましたが、毒性の問題(主として自殺や犯罪への使用)から、ジクワットとの混合剤により低濃度化されました。その後、この用途にはアミノ酸系の非選択性除草剤など人畜毒性の低い除草剤が開発され普及しています。

参考文献
*日本植物防疫協会『農薬概説』
*日本植物防疫協会『農薬ハンドブック』2008
*日本農薬学会『農薬とは何か』1996、日本植物防疫協会
*高橋信孝他『農薬の科学』1989、文永堂出版
*石崎寛『農薬科学』1991、養賢堂
*日本植物防疫協会『植物防疫講座』-雑草・農薬・行政編-
*日本植物調節剤研究協会『平成27年度雑草生態および除草剤試験に関する研修テキスト』
*日本植物防疫協会『農薬ハンドブック』2021
*日本農薬学会『日本の農薬開発』2003
*日本植物病理学会報『植物病害の薬剤防除』2014
*植物防疫『微生物殺菌剤の現状と今後の展望』2014
*日本農薬学会『日本の農薬開発』2003

(2023年2月)