農薬は本当に必要?

農薬に関する法律、指導要綱、社会的役割などについて

IPMとはなんですか。IPMが普及すれば農薬はいらなくなるのですか。

IPMとは農作物に有害な病害虫・雑草を利用可能な全ての技術(農薬も含む)を総合的に組み合わせて防除することです。
IPMは農薬を全否定しているのではなく、それ以外の技術を導入することで、農薬使用の最適化、人や環境へのリスクを軽減または最小限に抑えることを意味します。

IPMとは、“Integrated Pest Management”の頭文字を取ったものです。日本語訳としては、「総合防除」とか、「総合的有害生物管理」が使われてきています。また、2005年度に農林水産省から出された関係文書では、「総合的病害虫・雑草管理」という訳が新たに使用されています。また、IPMの定義についても複数あり、時代によって内容が変化してきています。現在、国連食糧農業機関(FAO)で採用している定義を下に引用しました。

FAOの定義(和訳)
『Integrated Pest Management(IPM)とは、農作物に対する有害生物制御に応用可能な全ての技術を精緻に考慮し、それらの発生増加を抑制する適切な方法を総合的に組み合わせ、農薬やその他の防除対策の実施は経済的に正当なレベルに保ちつつ、人や環境へのリスクを軽減または最小限に抑えることを意味する。IPMでは、農業生態系撹乱の可能性をより少なくし、有害生物の発生を抑える自然界の仕組みをうまく活かすことにより健全な農作物を育てることが重要視されている。』

上の定義からも判るように、IPMを正しく行うことは、農薬使用の最適化に繋がります。なお、IPMとは農薬を使用しないことであるとの誤解も一部にあるようですが、「化学的防除」もIPMの重要な手段のひとつであり、農薬を使用しないことがIPMではありません。

背景に化学農薬に頼り過ぎた農業

世界的にIPMが取り上げられるようになった背景には、第二次世界大戦後に、化学農薬に頼り過ぎた農業への反省があります。農薬は経済復興と食料難の時代に、食料増産と農作業の軽減に多大な貢献をしました。その一方で、化学農薬への依存と多用を招きました。当時は、現在に比べて農薬(殺虫剤)の種類が限られており、よく効くという理由で多用・連用されました。その結果、天敵などの生物相を貧困化させ、逆に害虫の突発発生を招いたり(リサージェンス現象)、抵抗性害虫を出現させたりし、さらにこれらを防除するため農薬を多用するという悪循環すら起こしてしまいました。このような事態は農薬の過剰使用だけでなく、農薬費増加により農家経営を圧迫し、ひどい場合には、薬剤抵抗性をもった害虫によって産地が崩壊してしまうような事態すら起こしてしまいました。1950年後半に入ると、過剰な農薬使用による作物残留や環境汚染の問題が社会的な関心事となってきました。1965年にはFAO(国連食糧農業機関)主催のシンポジウムが開かれ、その中で、現在のIPMの原型ともいえる「害虫個体群管理システム」(Pest Population Management System)が提唱されましたが、やがて、病害や雑草への対策も統合され、次第に現在のIPMの考え方や対策が形作られてきました。

IPMに用いられる防除手段

化学農薬が広く使用される以前から現在に至るまでいろいろな防除手段が取られてきました。病害虫に犯されにくい抵抗性品種や接木台の利用や、輪作や混植による連作障害(土壌病害虫被害)の回避、中耕・除草作業や被害枝の剪定や被害株の除去、水はけや土壌pHの改善などの耕種的な手段や、袋掛け(果実)や寒冷紗掛けによる物理的な害虫侵入防止、誘蛾灯や樹幹のムシロ巻き(果樹・庭木、冬場)などによる害虫の誘引・誘殺など知恵を絞った対策が取られてきました。これら手段の有効性は今も変わりません。

それに加え、戦後には防除技術の研究も進み、新しい防除手段も開発されました。抵抗性品種の開発はもちろんのこと、フェロモン剤(誘引剤)や、生物農薬(昆虫、ウィルス、線虫、細菌、糸状菌など)も市販化されています。また、太陽熱消毒や黄色蛍光灯(ヤガ類の忌避効果)、紫外線除去フィルム(灰色かび病やスリップス類などの防除)の利用、バンカープラント(農作物近接地の天敵生息場所となる植物)やトラップクロップ(線虫などを捕獲する植物)の栽培など数多くの例あります。また、化学農薬の進歩もありました。人畜に低毒性であるだけでなく、天敵にも高い安全性を持つ新規の作用や機能を備えている多様な薬剤が開発されて化学的防除のツールも格段に広がりました。

ひとつの作物に被害を及ぼす病害虫や雑草の種類は複数あり、数種類が同時に発生することも珍しくありません。よって、ひとつの手段だけで被害を抑えることは不可能と言えます。現在、上記のようないろいろな手段がすでに利用されていたり、比較的簡単に入手できたりするようになりました。多彩な手段が整ってきたことが、IPM実践の大きな原動力になっていると言えます。今後は、これらの情報を臨機応変に応用できる体制やシステムの構築が課題であると指摘されています。

要防除水準

IPMでは、病害虫・雑草の徹底的な防除ではなく、経済的に許容できるレベル以下に被害を抑制することが目的になります。前述の、農林水産省がまとめた「総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針」には、そのIPMの基本体系として3段階のプロセス(①予防的措置、②判断、③防除)が示されていますが、②の「判断」の防除要否とタイミングを見極めることが重要と言えます。

病害虫がどのくらいに増えたら防除するかについては、国や県の農業試験機関を中心に研究され、主要な作物・病害虫では、「経済的許容水準」や「要防除水準」が定められているものが多数あります。(社)日本植物防疫協会が解説しているホームページ『JPP-NET』には、都道府県が設定している要防除水準が掲載されています。また、気象データ(気温、降雨量、降雨日数など)をもとに正確に発生時期を予測できるようになった病害虫も多々あり、各県の病害虫防除所が発表する「病害虫予察情報」などに活かされています。IPMを実践する生産者は、これらの情報を参考にするとともに、自ら、圃場をよく見回り、病害虫・雑草の発生をよく観察し、防除要否や防除手段およびタイミングを判断する必要があります。

総合的病害虫・雑草管理(IPM)の体系

IPM実践指標モデル

農林水産省は、「総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針」において、実際に農家が自らのIPMへの取り組み計画を立て、実行し、内容が評価できるように、都道府県に対し作物ごとに具体的で有効な対策内容をまとめた「IPM実践指針モデル」を作成することを推奨しています。その参考例として最初に、水稲、かんきつ、キャベツが用意され、さらに、りんご、なし、だいず、茶、きく(露地)、施設トマト、同いちご、さとうきびの例が作成され、次第に拡大されていく予定です。水稲のIPM実践指標モデル(全4ページ)の最初のページを示しましたが、全部で27項目のIPMに結びつく内容が記されています。生産者は、これらの項目から実際的で実効性の高い内容を取捨選択しIPMに取り組んでいくことができます。

世界での動き

各国の農薬工業会の国際的な組織である「クロップライフ・インターナショナル」においては、「IPM」と「レスポンシブル・ユース(農薬の責任ある使用)」を表裏一体のものと考えています。最初は、1991年に、「農薬の責任ある使用」に関する農村への研修プログラムとしてグアテマラ、ケニア、タイの3カ国でスタートしましたが、その後、内容の改善が重ねられ、「IPM/レスポンシブル・ユース」の研修プログラムに再編されました。現在(2008年)までに80カ国以上でプログラムが実施され、約350万人以上がトレーニングを受講しています。我が国では、このような国際的な活動以前に、「農薬の安全・適正使用」が高い水準で定着しており、それは、海外での日本産農産物の安全性に対する高い信頼などからも見て取れます。

IPM実践指標モデル(水稲)
参考文献
*International Code of Conduct of the Distribution and Use of Pesticides. (Revised Version ), Food and Agriculture Organization of the United Nations, Rome, 2002
*深谷昌次・桐谷圭治『総合防除』1973、講談社
*農林水産省『総合的病害虫・雑草(IPM)実践指針』2005、農林水産省ホームページ
*(社)日本植物防疫協会『都道府県が設定している要防除水準、2008、JPP-NET
*中筋房夫『総合的害虫管理学』1997、養賢堂
*森樊須・村上陽三『生物的防除における捕食・寄生性天敵の役割と利用』1981、東京大学出版会
*桐谷圭治『生物的防除』1973、日本放送出版協会
*CropLife International Home Page http://www.croplife.org/
“IPM Responsible Use Case Studies”

(2017年4月)