農薬はどうして効くの?

農薬の種類や成分、製造方法、
農薬が効く科学的な仕組みなどについて

殺虫剤はなぜ効くのですか。

神経系に作用する、成長を制御するなど、薬剤によってさまざまな効果があります。
今日使われている殺虫剤は効果の種類で分けると、昆虫の神経系に作用する薬剤、エネルギー代謝を阻害する薬剤、脱皮や変態を妨げるなど昆虫の成長を制御する薬剤、消化管に作用する薬剤、昆虫の筋細胞に作用し、筋収縮を起こして摂食行動を停止させ死亡させる剤などに分類されます。なかでも、神経系に作用する薬剤が数多く開発され使われています。

[神経伝達系の阻害]触ったり見たりして受けた刺激は、シグナルとして神経系統を通って中枢神経(脳)まで伝達され、ここから行動を指示するシグナルが別の神経系統を経て手や脚に伝えられます。このシグナルは電気的な信号の形をとりますが、神経細胞の節目では化学的な伝達物質の放出と受容体結合という形で伝達されていきます。神経系に作用する殺虫剤は、この伝達物質を異常に蓄積させたり、伝達物質の受容体に結合して興奮を持続させたり、反対に受容体が働かないようにしたりして、結果的に害虫の神経系を阻害・撹乱して死に至らせます。

このような神経系での信号伝達は、哺乳動物も昆虫も基本的な仕組みは同じですので、ヒトにも作用する可能性があります。しかし、ヒトと昆虫の受容体の結合親和性の違い、解毒・分解・不活性化能力の違いなどを利用し、ヒトには安全な薬剤が開発され、使われています。

[呼吸阻害(エネルギー代謝阻害)]動物や植物は呼吸により酸素を取り入れ、体内に貯えたエネルギー源、たとえば糖を燃やし(酸化)、その際に発生するエネルギーをATP(アデノシン三リン酸)という物質に変えて利用します。この間のさまざまな生化学的過程が妨げられると致命的な作用を受けます。このような過程を阻害する薬剤がいくつか開発されています。ロテノン(天然殺虫剤:デリス根の主成分。2006年登録失効)など古いタイプの農薬がありましたが、高等動物や魚にも強い毒性を示すので現在ではほとんど使われていません。90年代以降に開発されたこのタイプの殺虫剤は高い選択性を有し、広く使用されています。

[生合成系の阻害]昆虫の表皮(外骨格)は脊椎動物と違って、タンパク質とキチン質を主成分としています。この表皮はヒトなどの皮膚とは違って硬く、成長するには途中で脱皮を繰り返さなければなりません。脱皮の時には古い表皮の下から新しい表皮が盛り上がり、古い表皮は分解されて新しい表皮の材料となります。キチンも新しい表皮を合成するプロセスで利用されます。このキチンの生合成を妨げる作用をもつ殺虫剤があります。この殺虫剤を使うと幼虫は脱皮がうまくいかず途中で死んでしまうか、完全に脱皮しても新しく表皮ができないため、脱皮不全などで体内の水分を失い死んでしまいます。反対に脱皮を促進して表皮の表面を異常に厚く硬くし、脱皮異常を起こす薬剤もあります。

[昆虫ホルモンの制御]昆虫の変態は、幼若ホルモンと脱皮ホルモンのバランスで制御されています。これら2つのホルモンと同じ作用を有する薬剤がそれぞれ開発されています。これらは、昆虫ホルモンのバランスを乱してその生育を妨げ効果を発揮します。

このように昆虫の脱皮や変態を妨げたり、産卵数を抑えたりして害虫の数を減らす薬剤を昆虫成長制御剤(Insect Growth Regulator:IGR)と呼んでいます。哺乳動物が持っていない昆虫特有の生理機能に作用するので、ヒトなど哺乳類には高い安全性を示します。

[消化管に作用する結晶毒素(BT剤)]細菌であるバチルスチューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis:BT)は、チョウ目害虫などに対して殺虫活性を示す結晶タンパク質(毒素)を、芽胞という細胞を形成する時に生産します。このBT剤を散布した植物を昆虫が食べると、結晶タンパク質は昆虫のアルカリ性消化液で活性化され、中腸の上皮細胞受容体に作用し組織を破壊します。その結果、昆虫は麻痺、摂食停止、衰弱し、死に至ります。なお、消化管の中がアルカリ性でない昆虫や胃液が酸性の哺乳類では毒性を現しません。

[筋細胞に作用]昆虫が筋肉を伸縮させる働きには、カルシウムイオンが重要な役割を果たしています。昆虫の筋細胞中には、筋小胞体というカルシウムイオンを蓄える細胞内小器官があり、その筋小胞体からカルシウムイオンが細胞質内に放出されると筋肉は縮み、逆に取り込まれると弛緩した状態になります。近年、主にチョウ目害虫や水稲初期害虫などを対象に開発されている殺虫剤の中には、カルシウムイオンを制御するリアノジン受容体モジュレーターに作用し、筋収縮を起こして摂食行動などの活動を停止させ死亡させるものがあります。

害虫への暴露経路

殺虫剤は害虫が薬剤で処理された植物の葉や茎を食べたり、殺虫剤に触れたり、呼吸により吸い込んだりすることにより害虫の体内に侵入します。

  1. 摂食剤には二つのタイプがあります。薬剤が植物の葉や茎に付着して、害虫が摂食により体内に取り込まれるタイプと、薬剤が根、葉や茎からいったん植物の体内に浸透し、それを害虫が吸汁することにより取り込まれるタイプがあります。
  2. 接触剤は薬剤が害虫の表皮から吸収されて効果を現すものです。直接、害虫に散布するタイプと植物に散布した薬剤が害虫の脚などに接触して吸収されるタイプがあります。
  3. 燻蒸剤は、気化した薬剤が害虫の気門から体内に侵入するものです。

しかし、近年使われている殺虫剤には単一の経路だけではなく、複数の侵入経路をもっている殺虫剤も少なくありません。

参考文献
*日本植物防疫協会『農薬概説 2021』
*高橋信孝『農薬の科学』1979、文永堂出版
*松中昭一『農薬のおはなし』2000、日本規格協会

(2022年9月)