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化学合成されたものではなく、天然のものを使えば安全なのではないでしょうか。
人の健康や環境に対する影響など様々な試験をパスして用いられる農薬と異なり、天然のものが安全とは限りません。
天然のものだから安全というのは思い込みにすぎません。昔から慣習的に使われてきているという理由からか、天然物は安全という漠然とした安心感が持たれがちですが、天然物の安全性が必ずしも科学的に十分に調べられているわけではありません。一方、農薬は、毒性試験などの試験研究をもとにして各種の毒性が評価され、科学的データに基づいて安全管理がなされている物質なのです。
物質がどのようなリスクを生むのかは、「毒性」と「暴露量」によって決まり、毒性、暴露量のどちらか、あるいは両方が大きい場合にリスクが大きくなります。毒性学的には絶対に安全な物質というものは存在せず、化学合成物質であるか天然物質であるかという区別は、安全性を科学的に判断する上では重要ではありません。
米国スタンフォード大学教授で全米アカデミー会員のコールマン教授によると、食中毒の99.9%は微生物や天然物が引き起こすとされています。自然界には、フグ毒、キノコ毒、カビ毒など命に関わる毒が数多く存在しています。
発がん性を例に取りますと、アルコール飲料に含まれるエタノールや体内で代謝されてできるアセトアルデヒドは食道などに悪性腫瘍を誘発すると国際がん研究機関で評価されています。ところが、お酒の摂取は人間社会で伝統的な慣習であり、適度なアルコールの摂取は、血管疾病の予防になったり、食事を美味しくし、人を楽しませたり、人間関係を円滑にしたりするなどの多くの利益をもたらします。リスクとベネフィット(便益)を秤にかけて考えることも大切なのです。
どんな物質でも摂取する量やバランスによって無害あるいは体に良いものであったり、度を越すと有害になったりします。そのため、天然物は安全、化学合成物質は危険といった、物質が天然か人工かという二分論には意味がありません。
発がん物質の相対的危険度を比較するため、米国のエイムズ博士は発がんの危険性の指標としてHERP値を考案・計算しました(表)。その結果、残留農薬や水質汚染などから人が摂取する汚染物質の量はきわめて微量であり問題はありませんが、むしろ天然由来の物質や調理した過程で食品から発生する発がん物質の方がはるかに問題であることを指摘し、自然のままで発がん物質を含まない野菜・果物はほとんどないことも確かめています。だからといって、この発表に不安を感じることはなく、さまざまな食材をバランスよく適度に摂取することが、栄養面だけではなく毒性面から考えたリスク分散として望ましいのです。
発がん性物質の危険度ランキング(HERP値の大きい方が発がんの危険性が高い)
危険性ランキングHERP値: | 一日当たりの摂取量 | 人(70kg)での発がん物質 摂取量/日 |
発がん性の強さ [TD50(mg/kg)] |
||
---|---|---|---|---|---|
〈環境汚染源等〉 | ラット | マウス | |||
0.001 | 水道水1L | クロロホルム | 83μg (米国平均) |
(119) | 90 |
0.004 |
汚染井戸水1L
(シリコンバレー最汚染井) |
トリクロルエチレン | 2800μg | (-) | 941 |
0.0002 |
汚染井戸水1L
(Woburn) |
クロロホルム | 12μg | (119) | 90 |
0.0003 |
汚染井戸水1L
(Woburn) |
テトラクロルエチレン | 21μg | 101 | (126) |
0.008 |
スイミングスクール
(1時間、子供) |
クロロホルム |
250μg
(平均) |
(119) | 90 |
0.6 |
普通の家庭の空気
(14時間/日) |
ホルムアルデヒド | 598μg | 1.5 | (44) |
0.004 |
普通の家庭の空気
(14時間/日) |
ベンゼン | 155μg | (157) | 53 |
2.1 |
トレーラーハウスの空気
(14時間/日) |
ホルムアルデヒド | 2.2mg | 1.5 | (44) |
0.0002 |
PCB類
(食品から摂取する量) |
PCB類 |
0.2μg
(米国平均) |
1.7 | (9.6) |
0.0003 |
DDE/DDT
(食品から摂取する量) |
DDE |
2.2μg
(米国平均) |
(-) | 13 |
0.0004 |
EDB
(食品から摂取する量、穀物または加工品から) |
エチレンジブロミド |
0.42μg
(米国平均) |
1.5 | (5.1) |
〈天然の有毒物質や食品中の毒物〉 | |||||
0.003 |
ベーコン、調理品
(100g) |
ジメチルニトロソアミン | 0.3μg | (0.2) | 0.2 |
0.006 |
ベーコン、調理品
(100g) |
ジメチルニトロソアミン | 0.1μg | 0.02 | (+) |
0.003 |
日本酒
(250mL) |
ウレタン | 43μg | (41) | 22 |
0.03 |
コンフェリーのハーブ茶
(カップ1杯) |
シンフィチン |
38μg
(750μgピラゾリジンアルカロイド) |
1.9 | (?) |
0.03 |
ピーナッツバター
(32g、サンドイッチ1枚) |
アフラトキシン |
64ng
(米国平均、2ppb) |
0.003 | (+) |
0.06 |
イカ
(54g、ガスオーブン中で加熱) |
ジメチルニトロソアミン | 7.9μg | (0.2) | 0.2 |
0.07 |
ブラウン・マスタード
(5g) |
アリルイソチオシアネート | 4.6mg | 96 | (-) |
0.1 |
バジル
(1g、乾燥葉) |
エストラゴール | 3.8mg | (?) | 52 |
0.1 |
マッシュルーム
(Agaricus bisporus、15g) |
各種ヒドラジン | (?) | 20,300 | |
0.2 |
天然のルートビール
(12オンス、354mL、現在発売禁止) |
サフロール | 6.6mg | (436) | 56 |
0.008 |
ビール
(1979年まで、12オンス、354mL) |
ジメチルニトロソアミン | 1μg | (0.2) | 0.2 |
2.8 |
ビール
(12オンス、354mL) |
エチルアルコール | 18mL | 9,110 | (?) |
4.7 |
ワイン
(250mL) |
エチルアルコール | 30mL | 9,110 | (?) |
6.2 |
コンフェリー・ペプシン錠剤
(1日9錠) |
コンフェリー根 | 2,700mg | 626 | (?) |
1.3 |
コンフェリー・ペプシン錠剤
(1日9錠) |
シンフィチン | 1.8mg | 1.9 | (?) |
〈食品添加物〉 | |||||
0.0002 |
AF-2
(禁止される前の平均1日摂取量) |
AF-2
(フリルフラミド) |
4.8μg | 29 | (131) |
0.06 |
Diet Coke
(12オンス、354mL) |
サッカリン | 95mg | 2,143 | (-) |
〈薬品〉 | |||||
0.3 | フェナセチン錠剤(平均量) | フェナセチン | 300mg | 1,246 | (2,137) |
5.6 |
メトロニダゾール
(治療時の量) |
メトロニダゾール | 2,000mg | (542) | 506 |
14 |
イソニアチド錠剤
(予防薬) |
イソニアチド | 300mg | (150) | 30 |
16 |
フェノバルビタール
(1回量) |
フェノバルビタール | 60mg | (+) | 5.5 |
17 |
クロフィプレート
(1日平均量) |
クロフィプレート | 2,000mg | 169 | (?) |
〈職業的暴露〉 | |||||
5.8 |
ホルムアルデヒド
(労働者の1日摂取量) |
ホルムアルデヒド | 6.1mg | 1.5 | (44) |
140 |
EDB
(労働者の1日暴露量、高濃度レベルj) |
エチレンジブロミド | 150mg | 1.5 | (5.1) |
(Ames,B.N.:Ranking possible carcinogenic hazards. Science 236:271-280,1987より改変)
TD50:供試動物の半数にがんを発生させる薬量(数字の小さい方が発がん性が強い)
物質摂取量:日常生活の中で摂取する量
HERP:物質摂取量/kg/日をTD50で除したもの(数字の大きい方が発がんの危険性が高い)
TD50の()の数字は感受性が低い種のため、HERPの計算には使用していない。
(-):発がん性試験で陰性
(+):TD50を計算するには不適当であるが、発がん性は陽性
(?):発がん性を評価できない
(2022年9月)