教職員向け

教育関係者セミナーレポート
「食と未来の教え方」

家庭科教職員対象セミナー 食育を科学的に考える(岡山)

講座プログラム

開催日時

:2023年7月26日(水)13:30~16:20

第1部

:「『食育を科学的に考えるコツ』お教えします」

第2部

:「農薬、添加物…フェイク情報を見破る」

参加者

:会場受講33名、オンライン受講599名

今回の講師は、この方たち

  • 佐々木 敏 先生

    【パネリスト】
    東京大学大学院
    医学系研究科名誉教授
    佐々木 敏 先生

  • 松永 和紀 さん

    【パネリスト】
    科学ジャーナリスト
    松永 和紀 さん

  • ANAクラウンプラザホテル岡山

    【会場】
    ANAクラウンプラザホテル
    岡山

【司会】 茂野 えり子さん フリーアナウンサー、栄養士

講師の先生方を迎えて「食育」をテーマに解説していただく学校教職員対象のセミナー「食育を科学的に考える」。今回は会場で参加者の方が先生方の解説を受講できるリアル開催を、2019年以来約4年振りに実施。さらにオンラインでも配信を行いました。
登壇したのは東京大学大学院医学系研究科名誉教授の佐々木敏先生と、科学ジャーナリストの松永和紀さん。第1部は「『食育を科学的に考えるコツ』お教えします」として科学的に物事を捉える重要性について、第2部の「農薬、添加物…フェイク情報を見破る」ではマスコミで扇情的に取り上げられる食品情報への接し方について解説していただきました。
第2部終了後の質疑応答では事前にいただいていた質問に加え、会場にお越しいただいた参加者の方からの質問にも対応。質問者の方に先生方が笑顔で答えるなど、リアル開催ならではの和やかな雰囲気に包まれました。

会場の様子
  • 第1部
  • 第2部
  • 質疑
    応答
  • 参加者
    の感想

第1部:「『食育を科学的に考えるコツ』お教えします」

(講師:佐々木 敏 先生)

大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了(公衆衛生学)、ベルギー・ルーベン大学大学院医学研究科博士課程修了(疫学)。国立がんセンター研究所支所臨床疫学研究部室長、国立健康・栄養研究所栄養疫学プログラムリーダーを歴任。東京大学大学院医学系研究科名誉教授で多くの著書を出版されている佐々木先生に、数値や事実などから科学的に考えることの重要性を解説していただきました。

記憶するのではなく自分の頭で考えることが大切です

本日のセミナーのテーマは「食育を科学的に考える」です。目的は考えることで、知ることではありません。自分の頭で考える力を養うことが目的です。
まず「流行には要注意」。話は単純化され、盛ってあります。単純化されたものには「絶対」や「究極」といったキーワードがついています。そういったものは危ないと考える。
例えば「肥満の成人が糖質制限ダイエットを1年間続けた場合、ほかのダイエットに比べて体重の減少量に何kgくらいの差が出ると思いますか?」という問いがあったとします。先生方も含めてどんな人でも直接アクセスできる研究論文によると、糖質制限ダイエットで2〜12kg痩せたという結果が見られましたが、それは脂質制限ダイエットでも同じことです。答えはどちらでも痩せる。それはなぜなのかを考えましょう。答えはどちらもエネルギー制限をしているから痩せる。論文には平均値として500gほどの差があったと書いてありますが、これは統計の中で偶然発生したランダムエラーです。この500gを覚えることに意味はありません。なぜそうなったのかを考えましょう。
次に「教師こそ科学的に考えよう」。科学的思考のできない教師は教師ではありません。
朝食の摂取頻度が低い生徒の方が国語や算数の得点が低いというデータがあり、このデータを使って学力向上に朝食摂取を勧めている文書があったとします。しかしこれにあえて異議をとなえてみましょう。「成績がいい子は頭がいい。頭がいい子は宿題が早く終わる。宿題が早く終わる子は早く寝る。早く寝た子は早く起きる。早く起きた子は朝食を食べられる」。私はこのように考えてみました。さらにオランダでは、家庭の収入や両親の教育歴が低いほど朝食を食べていない、朝食を食べられないというデータが事実として存在します。単純に朝食の摂取頻度と成績の相関だけを基準として、食育を行うことは善なのか悪なのか。単純発想に陥らず、きちんと考える必要があります。
そして科学として事実は何かをきちんと見ることが重要です。厚生労働省の日本人の食事摂取基準から、食事摂取基準を守れていなかった子供たちの割合という数値を見ると、最も問題となる栄養素は食塩だということがわかります。さらにこのデータには給食がある平日と給食がない休日のものがあるので、休日の食事はどんなものに注意したらいいのか保護者の方に伝えるための材料にもなります。これがエビデンスです。いい加減なことを伝えるのではなく、事実を伝えられるわけです。
最後に「基本がたいせつ」。地味で大切なことを教え続けるのが教師の仕事です。
国連とWHOが「生活習慣病対策のために世界が行うべき5つのアクション」を発表しましたが、1番目がタバコで2番目が食塩、肥満、不健康な食事、運動不足は3番目です。タバコと肥満は見ただけでわかりますが、食塩は外見ではわかりません。そのため先生方は食塩の害から子供たちを遠ざけてあげる必要があります。しかし食塩は人間が生きるための必須栄養素で、体の中で自然には作られないものです。そのため食べなければいけません。推定平均必要量は1.5g(ナトリウムとして600mg)。栄養学として、それから生きるために大切なのは減らすための目標ではなく必要量の数値です。
まとめとしてこんな言葉を作りました。「健康栄養情報にもトレーサビリティを」です。知識には「ほぼ永遠に変わらない普遍的な事実」と「それらに基づく推論」にわけられます。「ほぼ永遠に変わらない普遍的な事実」は暗記し、「それらに基づく推論」は修正や消去が可能な仮置き場に格納しておきましょう。そして先生・教師こそ良書を読みましょう。結果・結論だけが書いてあるものではありません。出典がきちんと明示してある10年以上読み続けられるような本を読んでください。

会場の様子(第1部)

第2部:「農薬、添加物…フェイク情報を見破る」

(講師:松永 和紀 さん)

京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社で記者として勤務したのち、科学ジャーナリストとして独立。食品の安全性や生産技術、環境影響などを主な専門領域に執筆や講演活動を行い、現在は内閣府食品安全委員会の委員としても活動している松永さんに、メディアなどでセンセーショナルに取り上げられる食品情報の接し方についてお話していただきました。

さまざまな情報を収集して自分で判断しましょう

農薬や添加物に関する情報の中には科学的に間違ったものが多くあります。佐々木先生は「絶対」や「究極」といったキーワードは危ないと言っていましたが、農薬や添加物に関しては「危険」という一言で切り捨てているような情報は警戒してください。そんなに単純なものではありません。
普段私たちが食べている食品の見え方は、一般の消費者の方と研究者では異なります。一般の方はまったく汚れていない食品に添加物や残留農薬がつくことで汚染されたと感じますが、研究者は食品にはさまざまな物質があり、その中のひとつの要素として添加物や残留農薬があると見えています。
さまざまな物質の中で圧倒的に量が多いのは栄養成分。そしてその食品が持っているその他の物質があり、ポリフェノールといった健康効果を持つ成分もあれば、毒性物質や発がん性物質、さらに未知の物質も含まれていることがわかってきました。さらにアレルゲンや栽培時に増殖したカビが作った毒性物質、調理過程でできる発がん物質などもあります。それに加えて添加物や残留農薬などもあるのが食品です。
それらの物質に有害性があるかとともに、食品のリスクにとって重要なのはその物質の摂取量です。危害となる要因をどれだけ食べたかによってリスクの大きさが変わってきます。量が少なければ影響が小さくても、例えば食塩でも大量に摂取すると死に至ります。食塩の有害性はどの程度なのかを理解し、どれくらい食べるのかがリスクを管理することになります。農薬や添加物の考え方も同じです。多数の試験を行なって影響が発生しない量を確定させ、通常は1日の摂取量がその1/100以下になるように使用方法を決定します。
それでも農薬や添加物は嫌という人は、じゃがいもを考えてみてください。じゃがいもには2つの毒性物質問題があります。ひとつはおなじみのグリコアルカロイド(ソラニン、チャコニン)で、もうひとつはアクリルアミドという発がん物質です。じゃがいもの芽にソラニンがあるというのは知っている人が多いと思いますが、保管時に日に当たって緑色になった部分にもグリコアルカロイドは増えています。そしてアクリルアミドは120度以上で加熱調理すると生成されます。フライドポテトやポテトチップスに比較的多く含有するというデータがありますが、実はじゃがいもだけでなく野菜炒めなどを作るときにも生成されています。しかしだからといってじゃがいも禁止、野菜炒め禁止とはなりません。じゃがいもも野菜炒めも多くの栄養素をおいしく摂ることができ、加熱調理には殺菌効果があるなど、いい部分がたくさんあるからです。
農薬もひとつの側面から悪いものだといえるものではありません。そして農薬の安全性は大きく3つの角度から検討されています。1つ目は農薬が使用された生産物を食べる人の安全で、2つ目は生産者の安全、3つ目は他の生物や環境に対する安全です。
農薬が使用された生産物を食べる人の安全も食塩などと同じく無毒性量が重要で、毒性が出ない時点の1/100以下の摂取量になるように農薬は管理されています。添加物、そして動物用医薬品なども同じ考え方です。ひとつの農薬を登録にするためには90種類以上の試験があり、もちろん残留農薬に対してもさまざまな試験をして問題がないことを確認されないと登録には至りません。そのように安全のためにさまざまな仕組みを導入して農薬を使う理由のひとつは安定生産のためです。
このようなお話はなかなかテレビや雑誌などには登場しません。そのため天然のものはいいもので人工合成は悪いもの、または農薬や添加物はゼロでないといけない、といった思い込みに縛られてしまうのだと思います。
一番大事なのは懐疑主義を貫いて、多様な情報を収集して自分で判断することです。そして知っている情報も更新してください。昔から言われていることそのままではなく、新しい情報に更新する。科学技術が進歩し研究も進んでいるので、どのくらい変わっているのかを知っておいていただきたいと思います。

会場の様子(第2部)

こんな質問がありました。

Q学校給食では必ず牛乳が出ますが、一方で牛乳は日本人の体質に合わない、牛乳は体に害をもたらすという話も聞きます。正しい情報を教えてください。

A

質疑応答の様子

食べ物がいいとか悪いとか、どうしてそんなに言いたがるんでしょうね。体は「あ、体に牛乳入ってきた」とはわからない。私たちは食品を認識していますが、体が要求しているのは栄養素なんです。牛乳から取れる栄養素にはタンパク質があります。そのタンパク質は牛乳から摂らなくても豆腐や納豆、魚などから摂ってもいい。カルシウムも同じで牛乳から摂らなくてもいいんです。しかし牛乳と同じ量をほかの食品から摂れるのかどうか。そのようなことを考えて、いいか悪いか考えてもらいたいですね。それから牛乳は日本人の体質に合わないのかどうか。日本人は乳糖不耐症の人が多いので、その通りといえます。しかし松永さんが解説した摂取量の話になりますが、乳糖不耐性の人の確率と牛乳から得られる栄養素のプラス面を考えてもらいたいですね。
(佐々木先生)

Q牛へのホルモン投与にはどのような影響があるのか教えてください。

A

アメリカでは牛に成長ホルモンを与えているからアメリカの輸入牛肉は悪い。アメリカではそんな牛の牛乳を飲んでいるから子供は成熟が早い。そのような情報が広まっているので、こういった疑問をお持ちなんだと思います。そして日本やEUは使っていないので、アメリカは危ないというストーリーになる。科学的に言うなら成長ホルモン投与には天然型と合成型があり、農薬と同じでどのくらい与えたらどのくらいの影響が出るのかとても厳しく管理されています。そのため人体に影響がないことを検証した上で使用する仕組みができています。日本で使われていない理由は生産者がそれを求めていないからです。それを使わなくても消費量・国内生産量をカバーできる。アメリカ産は危ないと主張している人たちの根拠を調べることが、まさにフェイク情報と付き合うということになると思います。
(松永さん)

Q限られた時間の中で食育というテーマで生徒たちに話をするときに、どのように話したらいいのかヒントを教えてください。

A

まずはいい本を読みましょう。これに尽きます。そして学校にはたくさんの先生がいるので、その先生方を仲間につけましょう。食育に割かれている少ない時間でどう教えるのかではなく、ほかの科目に食べ物に関する話を入れてもらえるように画策してはいかかでしょうか。日本では「野菜・果実」と言うが英語では「fruit and vegetables」と言うがその理由は? 食べ物は地理や歴史の題材にもなります。
(佐々木先生)

Qナッツ類はビタミンEが豊富で体にいいという話を聞きますが、カビ毒などの問題はないのでしょうか?

A

質疑応答の様子

ナッツ類で一番心配なのは天然最強の発がん物質といわれるアフラトキシンだと思います。そのため輸入検疫で陰性でないと輸入できません。実は日本で生産されている米からもアフラトキシンは検出されたことがあります。今後の気候変動によっては日本国内でも問題が生じるのではないかと研究者は警戒していて、農林水産省や厚生労働省も注視しています。
(松永さん)

参加者の感想

“栄養学への正しい理解こそ「食育」の基本”という言葉が印象に残りました。基本を大切に、子どもたちにも継続して伝えていきたいです。

多方面から情報を見ることや正しい情報を取り入れていくことの大切さがわかりました。

自然のものでも危険な食品がたくさんあるとわかりました。

過激な情報に惑わされず、情報を更新しながら冷静に判断して対応していきたいと思いました。

結果や結論ではなく、理屈やプロセスが書かれている本を選んで読んでいきたい。

農薬や食品添加物に限らず、多角的な視野で物事を見られるようにならなければいけないと思いました。

佐々木先生の講話は、いつも栄養教諭を奮い立たせてくれるものです。出来るだけ多くの方に聞いてほしい内容でした。

自分で調べて、考えて、伝えることが出来るようになりたいと思いました。

食に関する情報が氾濫する中、情報を鵜呑みにするのではなく、データなどを読み解く力が必要であると強く思いました。

農薬も食品添加物も食品の安定供給のために欠かせない役割を担っていることがよくわかりました。今後は専門職としてエビデンスに基づいた正しい情報を収集し、判断していきたいと思います。