教職員向け

教育関係者セミナーレポート
「食と未来の教え方」

家庭科教職員対象セミナー 食育を科学的に考える(北東北)

講座プログラム

開催日時

:2022年10月1日(土)13:30~15:50

第1部

:「学校における食育のための実態把握」

第2部

:「農薬、添加物…フェイク情報を見破る」

参加者

:51名

今回の講師は、この方たち

  • 衞藤 久美 先生

    【パネリスト】
    女子栄養大学栄養学部
    准教授
    衞藤 久美 先生

  • 松永 和紀 さん

    【パネリスト】
    科学ジャーナリスト
    松永 和紀 さん

  • 住友不動産九段ビル ベルサール九段

    【会場】
    住友不動産九段ビル
    ベルサール九段

【司会】 茂野 えり子さん フリーアナウンサー、栄養士

講師の先生方を迎えて「食育」をテーマに解説していただく教育関係者向けのセミナー「食育を科学的に考える」。前回に続き、新型コロナウイルス感染症予防のためにオンラインでのライブ配信により開催しました。
登壇したのは女子栄養大学栄養学部准教授の衞藤久美先生と、科学ジャーナリストの松永和紀さん。第1部は「学校における食育のための実態把握」として食育の進め方や実態把握の方法について、第2部の「農薬、添加物…フェイク情報を見破る」ではメディアなどの食品リスク情報への対応について解説していただきました。
第2部終了後には質疑応答の時間も用意され、事前にいただいたものに加えて配信中にチャットでいただいた質問にも対応。講師お二人による講演と回答には、教育現場で食育を科学的に考えるためのヒントと答えがあふれていました。

会場の様子
  • 第1部
  • 第2部
  • 質疑
    応答
  • 参加者
    の感想

第1部:「学校における食育のための実態把握」

(講師:衞藤 久美 先生)

女子栄養大学大学院栄養学研究科栄養学専攻修士課程修了。ニューヨーク大学大学院教育学部栄養・食品・公衆衛生学科修士課程修了。ニューヨーク市保健精神衛生局で慢性疾患予防・管理部特別アシスタントとして勤務し、現在は女子栄養大学栄養学部で准教授を務める衞藤先生に、PDCAサイクルに基づく食育の進め方と実態把握の方法についてお話ししていただきました。

しっかりと計画を立てておくことがより良い食育につながります

文部科学省が平成29年3月に公表した「栄養教諭を中核としたこれからの学校の食育」には、食育を推進する上での具体的な進め方などが書かれています。その中で食育を推進する際の一連の取り組みを、「計画」「実践」「評価」「改善」のPDCAサイクルに基づいて行うことが明確に示されました。学習指導要領の改訂に合わせて改訂された「食に関する指導の手引き‐第2次改訂版‐」にも、食育はPDCAサイクルに基づいて進めていくことが必要だとはっきり書かれています。
ではPDCAサイクルに基づいて食育を進めていくにはどうしたらいいのか。私はPDCAの中で、Pの「計画」が最も大事だと考えています。しっかりと考えて計画を練ることができれば、それからは実践して評価して改善するだけ。「準備8割本番2割」という言葉もあるように、実施前の段階でしっかりと計画を立てておくことが、より良い食育や効果的な食育につながるのではないかと考えています。
その「計画」を具体的にはどのように進めるのか。「計画」は最初にアセスメントをして、その結果に基づいて目標を設定し、そして目標を達成するような計画を作成するという3つのステップに分けることができます。アセスメントは実態把握と課題抽出。実態把握をして次に課題抽出をして、その後の目標設定につなげていきます。まずはアンケートやインタビューなどを行って、食育の対象となる子供または保護者の実態を把握。例えば「毎日朝食を食べているか」などで、実態を把握するとどこに課題があるのかが見えてくると思います。課題が数多くある場合には優先順位の高い課題に絞り、今度は課題を解決するための目標を設定。例えば「朝食を毎日食べる子供は多いが、食事内容が偏っている子供が多い」という課題なら、「バランスの取れた朝食を食べる子供を増やす」ことが目標になります。そして目標が決まったら今度はその目標を達成するために、課題解決につながるような食育の内容を計画する。ここまでがPDCAサイクルのPになります。
「実態把握」のポイントとしては、全国調査や都道府県/市町村調査などと同じ質問文や回答肢を用いたり、自校で毎年同じ項目を用いていれば、全国や他地域と自校の結果、または自校の過去と現在の結果を比較でき、課題があるのかどうか解釈しやすくなります。実態把握を行うときにどんな項目を入れたらいいのかわからないという場合には、全国調査で用いられている項目から選択するのがいいと思います。すでに実施されているテストや調査などで活用できるものがあれば、それを活用するのもいいでしょう。
そしてPDCAのC「評価」を行うのは食育の実施後になりますが、「評価」の計画はPの段階で行います。実態把握・目標と評価指標は連動しているので、評価指標を見据えて実態把握の項目を検討する必要があります。もちろん評価は大事ですが評価は改善につなげることが大事なので、うまくできたところできなかったところはどこなのか。目標が達成できたのはどれで、達成できなかったのはどれで、それはなぜなのか。そういったことを次の計画につなげていく。そして成果については、見える化して情報発信をすることが大事です。
先生方は学校生活の中で見えた子供の反応を次に生かすなど、小さなPDCAサイクルを回しながら日々の授業を行っているのではないかと思います。学校の場合は入学してから卒業まで6年間、または3年間あるので、長期的な視野で食育を進めていただけるといいですね。1回の食育だけでは大きな変化は見られないので、1年間の食育をPDCAサイクルに基づいて進めることを念頭に置きながら、可能であればもっと長期的な入学から卒業までの変化を確認するような評価も検討していただければうれしいです。

会場の様子(第1部)

第2部:「農薬、添加物…フェイク情報を見破る」

(講師:松永 和紀 さん)

京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社で記者として勤務したのち、科学ジャーナリストとして独立。食品の安全性や生産技術、環境影響などを主な専門領域に執筆や講演活動を行い、現在は内閣府食品安全委員会の委員としても活動している松永さんに、メディアやSNSにあふれる食品のリスク情報への接し方についてお話していただきました。

食に関する科学はすごいスピードで進歩しています

世の中にあふれている農薬や食品添加物などの情報は、残念なことに科学的には間違った内容やフェイクニュースのようなものが非常に多いです。まずはみなさんにそこを意識していただきたい。インターネットやSNSだけでなく、実は小中学校の家庭科で使われる教材副読本にも間違った情報が掲載されています。そんなフェイク情報がなぜ副読本にも掲載されているのかというと、その副読本を作っている先生方も古い情報を元に農薬や食品添加物のことを書いていたりします。食に関する科学は凄まじいスピードで進歩しているので、そこでどうしても齟齬が生じてしまいます。
食品とは何なのか。一般の方が見ているイメージする食品と、食品リスクを研究している先生方の見ているものは、実はかなり違うのです。一般の方は食品自体には何も問題がないが、それが農薬や食品添加物によって汚染されるイメージ。農薬や食品添加物を取り除けばまったくリスクのない状態に戻ると考えています。ところが科学者はそのようには見ていません。自然天然の食品自体がいろいろな問題を抱えていて、その中のひとつとして農薬が少し付着している。農薬以前に自然天然の食品は私たちに危害を与え得る要素をたくさん含んでいて、それが私たちの食なのです。
具体的にはどんなものが含まれているのか。量的に多いのは栄養成分ですが、それ以外にもいろいろなものが入っているのがわかってきました。その食品がもともと持っている物質には、味や香り、健康効果を持つかもしれないポリフェノールのような成分、毒性物質や発がん物質などがあります。アレルゲンに加え、微生物や栽培時についたカビが作ったカビ毒が付着していることも。さらに加熱などの製造過程で発がん物質が発生することがわかってきました。それに加えて残留農薬や食品添加物が、食品に含まれているということなのです。
したがって、自然天然だから安全というのは間違いです。それは昔の考えで、食品には自然の毒性を持つ化学物質がある程度含まれているのでゼロリスクにはできない。これが今の食の科学です。それからもうひとつ重要なことは、化学物質は人工合成でも自然天然でも摂取する量によって体への影響が変わる性質があるということです。どんな化学物質、微生物でも、どれだけの量を食べるかで体への影響は変わります。たくさん食べればどんなものでも致死量に至ります。しかし食べる量が少なければ影響は出ない。例えば食塩は相当な量を食べないと死にません。それでも時々事故が起きます。しかし「食塩は人を殺すので排除しよう」というようなことを私たちはしていません。食品のリスクを考えるときにはその性質に加えて、どのくらい食べたら影響が出るのかという両方のことを考える必要があります。これがリスクという概念なのです。
農薬の安全性は3つの角度から検討されています。1つは農薬が使用された生産物を食べる人の安全。口から入って消化吸収される際にどのくらいリスクがあるのか。2つめは生産者(農薬使用者)の安全。気をつけていても吸い込んでしまったり皮膚についてしまったりしたときの安全性です。そして3つめがほかの生物・環境に対する安全です。昆虫や動植物などへの影響です。しかし残念なことに、いろいろな報道を見ているとこれらがゴチャゴチャになっていることが多くあります。蜂に危険なら人間にも危険とか、害虫が死ぬなら人間にも悪影響とか。そうではなく、すべてルートが違うので影響も異なります。
もう1つ農薬のイメージとして問題なのは、昔と今では農薬が大きく変わったことが理解されていないということです。1950年代や1960年代は毒性の高い農薬が多く使われていました。そのために農薬が大きな問題になりました。しかしその後は制度がとても厳しくなり、今は食塩と同じ程度の毒性しかないようなものが9割くらいになっています。農薬のことを語るときには、今の農薬はどうなのかというところに関心を持っていただきたいと思います。
今はSNSなどで真偽のハッキリしない情報がたくさん流れてきます。一番大事なのは懐疑主義を貫くこと。多様な情報を収集して自分で判断しましょう。少なくとも思い込みだけで行動するのではなく、科学的にどうなのかを調べましょう。それでも農薬はイヤというのは個人の判断です。さまざまな情報を調べた上で、みなさんの判断につなげていただければと思います。

会場の様子(第2部)

こんな質問がありました。

Q授業で食品添加物について取り上げる際、どうしても体に悪い存在という印象を生徒たちが強く持ってしまいます。食品添加物が生活を豊かにしてくれている面もあることをうまく伝えるためにはどうすればいいでしょうか?

A

質疑応答の様子

食品添加物は悪いものだと思い込んでいる人が多くいる中で、どのように伝えるか悩んでくださっているなんてとてもうれしい質問です。やはりリスクをどう管理するかとともに、私たちが食品添加物に助けられているかということ、生活が食品添加物と結びついているということを理解してもらうのが大きなポイントだと思います。例えば豆腐やこんにゃくなどは食品添加物なしでは作れません。例えばこんにゃくは、昔は蒟蒻芋と木灰で作っていましたが、木灰は発がん物質を多く含んでいることがわかっています。自然天然だから安全とはいえない。科学の力を上手に使ってより安全性の高い食品を作っていこうという思考で食品添加物は利用されているので、そういった効果があることを伝えていただきたいですね。実はスポーツ飲料のビタミン類も食品添加物です。そういう身近な事例をもとに説明してあげるのも理解につながる一歩かもしれません。
(松永さん)

Q学校で生徒が正論としての食育を学んだとしても食事を提供している保護者にその内容が反映されない場合が多々あり、非常にもどかしい思いをしております。それぞれの立場でこれだけは食育として各家庭に理解を呼びかけ実践してほしいと思う内容と、それを上手に伝えるための良い方法がありましたら教えください。

A

学校から保護者の方に働きかけるのはとても難しいと、私も現場の先生方からお聞きしています。やはり先生方から保護者の方に直接ではなく、例えば家庭学習のような形で保護者の方に生徒さんと一緒に課題に取り組んでもらうのもいいかもしれません。また先生が伝えたいことを子供を通して保護者に伝えてもらうという方法もあります。
(衞藤先生)

正論という言葉がこの問題を象徴していると思いました。確かに厚生労働省や文部科学省などがこうあるべきだというものを示していますが、現実的には無理な場合があるかもしれません。「〇〇を〇〇グラム摂取」というのはハードルが高いので、自分なりにバランスよく食べるのがいいと伝えたいですね。バランスよくいろいろなものを食べるのは、実はリスク管理なのではないでしょうか。特定のものばかり食べているとリスクが大きくなることもある。毎日頑張っているお父さん・お母さんに、子供たちがそれを褒めながら伝えられるといいですね。
(松永さん)

Q朝食欠食児童を減らすために保護者の方にどのような情報発信をすれば良いでしょうか。

A

質疑応答の様子

朝食欠食についてはお子さんの年齢によって、アプローチの仕方が違うと思います。幼児や小学生の場合は、まず朝食を食べてない子は食べることから始めます。何でもいいので、牛乳一杯でもいいので何かを口にすることから始める。そして何かを口にすることが習慣になってきたら、パンやおにぎりなどの主食を食べる。それができたら次は主食プラス、ウインナーのようなおかず(主菜)と、野菜、果物、牛乳、乳製品の中から2つを組み合わせれば、栄養摂取状況がとても良好になります。そのようにステップバイステップで増やしていくというのを保護者の方にアプローチするのがいいと思います。
(衞藤先生)

参加者の感想

農薬や食品添加物の安全性が保障されているという見解
(小学校)

食育に関する具体的な実態調査方法と、食の安全に係る最新情報活用の大切さ
(小学校)

農薬や食品添加物に対する考えが古いものだったこと
(保育園)

農薬の安全性が変わっていることは知りませんでした。私も古いままの知識でした。インターネットで検索した時に色々な情報がでてきて、何が正しい情報なのか分からない時があります。公的機関のホームページの情報検索が一番良いことが分かってとても良かったです。
(学校給食センター)