教職員向け

教育関係者セミナーレポート
「食と未来の教え方」

家庭科教職員対象セミナー 食育を科学的に考える(横浜)

講座プログラム

開催日時

:2019年3月2日(土)13:30~16:20

第1部

:「食育における家庭科の役割」

第2部

:「食品安全とリスクコミュニケーション」

参加者

:70名

今回の講師は、この方たち

  • 杉山 久仁子 先生

    【パネリスト】
    横浜国立大学教育学部長、
    教授
    農学博士
    杉山 久仁子 先生

  • 姫田 尚 先生

    【パネリスト】
    食品安全委員会フェロー、
    中央畜産会副会長
    姫田 尚 先生

  • ラジアントホール

    【会場】
    ラジアントホール

【司会】 茂野 えり子さん フリーアナウンサー、栄養士

  • 第1部
  • 第2部
  • 質疑
    応答
  • 参加者
    の感想

第1部:「食育における家庭科の役割」

(講師:杉山 久仁子 先生)

横浜国立大学教育学部長、教授。専門分野は食生活学、調理科学。小学校及び中学校技術・家庭の教員養成に取り組む。研究テーマは食品の最適な加熱条件に関する研究。小学校や中学校での教育現場に精通した杉山先生に、食育における家庭科教育の役割について解説いただきました。

「食育」って、なんでしょう?

食育とは?…2005年に制定された食育基本法を見てください。前文に「①生きる上での基本であって、知育、徳育、体育の基礎となるべきもの ②様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てること」とあります。①は明治時代に言われていることですが、②は現代の生活に必要な要素です。食育の推進における国の動きをまとめると、1978年の「第1次国民健康づくり対策」に始まり、10年ごとに見直され、現在に継承されています。2007年に配布された「食に関する指導の手引き」には、食に関する指導の全体計画例が示され、各学校で全体計画を作成することが求められています。先生方の学校にも必ずありますから、まだ見ていない人は、一度ご覧になってください。そこには学校教育目標とともに食に関する指導の目標が書かれています。学習指導要領に「食育」という言葉が登場したのは2011年の小学校学習指導要領全面実施のとき。この際、強調されたのは、教職員全員が食育の必要性を理解し、食に関する全体計画のもと、家庭や地域社会と連携して実施すること。そして生涯を通じて健康・安全な生活を送るための基礎が培われるよう、子供たちが将来の健康を意識する教育を実施することです。

会場の様子(第1部)

改訂された学習指導要領のポイント

今回の改訂作業の特徴は、新しい時代に必要となる資質・能力の育成と、学習評価の充実です。学習を通して「何ができるようになるのか」、そのために「何を学ぶのか」、さらにそれを「どのように学ぶか」という観点で改訂が行われました。教育課程全体を通して育成を目指す資質・能力は、「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力等」、「学びに向かう力・人間性など」の3つの柱に整理されています。この取組が「社会に開かれた教育課程」の実現につながっていきます。新学習指導要領(2017)における食育については、総則で「…体育科、家庭科及び特別活動の時間はもとより、各教科、道徳科、外国語活動及び総合的な学習の時間などにおいてもそれぞれの特質に応じて適切に行うよう努力すること…」と実施する教科等の例が増えており、学校全体で取り組むことが重要との認識がより強く示されています。教職員全員が食育の必要性を感じ、前向きに取り組んでいく。そのためには①児童の現状を把握する(健康状態、生活習慣) ②改善目標を立てる ③具体的な取り組みを行う(家庭・地域との連携、児童が自らの変化を感じられること、無理のない段階をふんだ実践)これらを児童の身になって着実に推進していくことです。

会場の様子(第1部)

家庭科の学習で考えたいこと

日本には「いただきます」という言葉があります。これは「命をいただきます」という教え。動物や魚だけでなく植物にも命があります。ところが今の日本人の食料事情は6割を輸入に頼り、フードマイレージが高く、しかも食品ロス率は世界でトップクラスです。家庭科における食物の学習では、何を食べればよいか(栄養、献立)と、どのように食べればよいか(食品の選択、調理、食事環境)が基本ですが、これに加えて家族や健康、生活文化の継承、さらに持続可能な社会の構築など広い視野で学ぶことが必要になっています。大切なのは、「生徒が何をできるようにしたいか?」「具体的な目標は?」「そのための教材選びは?」…それらを考慮して教材を選択して、学習内容を立案・実施し、生徒の変容を評価して、授業を改善していくことです。事柄を単に覚えるだけの教育ではなく、科学的に理解するための【考える授業】が大事です。調理実習でもカンタンな豚肉生姜焼きではなく、難しいハンバーグに挑戦しましょう。失敗することも勉強です。「なぜ生焼けになったか?」「生焼けを食べたらどうなるか?」それを実際に体験することで自ら考えさせるのです。適切かどうか自分で判断し、改善できる子供を育てることが私たちの目指す家庭科の授業です。

会場の様子(第1部)

第2部:「食品安全とリスクコミュニケーション」

(講師:姫田 尚 先生)

京都大学卒業後、農林水産省へ入省。2012年より内閣府食品安全委員会事務局長に就任(現在はフェロー)。2017年からは公益社団法人中央畜産会副会長に就任。食品の安全性評価が専門の姫田先生に食品安全とリスクコミュニケーションについてお話していただきました。

「あぶない」情報と、「たいくつ」な情報

「トラブルのあるところに姫田あり」…農林水産省時代、その時々に注目された食の問題に取り組んできました。BSE対策、高病原性鳥インフルエンザ、口蹄疫、そして福島原発事故に係る食品の放射線対策…。食品の安全とコミュニケーションに関して、私が学んだことを皆さんにお伝えしたいと考えています。今、年間に食中毒で亡くなる人はアメリカで約3000人、日本では10人程度です。日本での死因はサルモネラ菌やフグ中毒など。我が国の食品の安全は、国際的にも非常にレベルが高いと思います。ところが食品のリスク情報との付き合い方には、心もとないところがあります。たとえば「あぶない」情報は刺激的だから耳を傾けるが、安全の情報は「たいくつ」なので耳を傾けない。こんな傾向があります。食品の安全に関する情報は、以下の4点に留意して判断するよう習慣づけましょう。①体験談や個人の感想は信用しない ②研究者によるデータは、複数の研究者により確認されている必要がある ③学会発表でなく権威のあるジャーナルでの発表論文かどうか調べる ④研究者による論文発表より※GLPを取っている検査機関のデータを信頼する食品の安全情報を正しく見極めることは、教職者にとって大切なことです。

※GLPとは、Good Laboratory Practice(優良試験所基準)の略です。GLP制度とは、化学物質等の安全性試験を行う試験施設に対する認証・監査制度です。これは、定められた基準等を遵守しているか、第3者機関が証拠を収集・評価し、適正に行われていることを証明する制度です。

会場の様子(第2部)

食品のリスクとの付き合い方

総ての食品には多かれ少なかれリスクがあります。リスクを知り、妥当な判断をすることが大切です。そのためには科学的な考え方を身につけること、新聞やテレビなどのメディアの情報を鵜呑みにしないこと。さらにもう一つ、100%安全、100%危険といった考え方は決して信用しないでください。本当かな?と思ったとき(思わないときも)は、必ず複数の情報をあたるようにしましょう。ご存知の先生もいると思いますが、食品のリスクは2つの要素、「なに」を「どれだけ」食べるかによって決まります。【リスク=ハザード(化学物質、微生物等)×摂取量】の公式を憶えておきましょう。食品中のハザードの例としては、O-157のような有害微生物、カドミウムなどの環境からの汚染物質、アクリルアミドのような加工中に生成される汚染物質、ソラニン、ポリフェノールなど食品に元来含まれている物質などがあります。これらのハザードに対してどのくらい食べたかの摂取量が問題になるのです。今、一番気をつけてもらいたいのはサプリメントです。サプリメントは個人で管理され、習慣性が高いため、摂取量が多くなりがちです。リスクが高い食品の代表と認識して、指導してください。

会場の様子(第2部)

現在の農薬は安全性がクリアされています

私たちの体は化学物質を少量なら排除できます。体内の酵素によって水に溶けやすい物質にして体外へ排出する、癌化した細胞は自ら死んでその拡大を防ぐ、といった何重もの安全性を担保する機構を備えているからです。現在使用されている農薬は、無毒性量という動物実験の数値に、安全係数(1/100)をかけて使用量を決めています。さらに使用方法も厳しくコントロールし、身体への影響が及ばないように安全性を確保しています。現在の農薬がクリアした条件は、①病害虫や雑草等に選択的な効能効果がある ②農作物への残留が少ない ③土壌残留性が少ない ④急性毒性が低い ⑤反復投与による重篤な毒性が発生しない ⑥遺伝毒性が陰性である ⑦発がん性が陰性、またはあっても非遺伝毒性発がん物質である…過去の農薬から飛躍的に進化しています。最後に食品安全の基本をおさらいしておきましょう。◇不老長寿や絶対に安全な食品はない(秦の始皇帝も見つけられなかった)◇天然・自然なもの、有機食品も安全なものではない ◇食べて痩せる食品は有害物 ◇適切な食事ができている国ではサプリメント補給は健康にプラスにならない先生方には科学的な知識をもって食品のリスクと付き合い、食品の安全について子供たちに教えていただきたいと思います。

会場の様子(第2部)

こんな質問がありました。

Qジャンクフードが大好きな子供たちのことが心配です…

A

質疑応答の様子

ジャンクフードだからダメということはないと思います。あくまで問題は、どれだけ食べたかの「量」です。高温で調理したフライドポテトやポテトチップスは発がん性があると指摘されているアクリルアミドの検出率が高いとされています。小さな子供が毎日食べていると問題がありますが、たまに食べるのなら全然かまわないでしょう。どんな料理もそうですが、同じものを毎日続けて食べるのはおすすめできません。
(杉山先生)

質疑応答の様子

アクリルアミドは、高温で調理した野菜に多く含まれています。野菜炒めのもやしとか、カレーに入れる炒めた玉ねぎは、加熱しすぎないようにしてください。またパンも焼きすぎるとよくありません。ほどよいキツネ色になる前で召し上がってください。ポテトチップスはメーカーが逓減の努力をしてアクリルアミドの含有量は大きく減少しました。また、主食であるコメを炊飯するためアクリルアミドの発生がほとんどないことなどから、日本人は欧米人と比べてアクリルアミドの摂取量が少なく、神経質になることはありません。
(姫田先生)

Q糖質制限が流行っていますが、子供が真似をしないようにするには…

A

質疑応答の様子

ローカーボ・ダイエット(糖質制限ダイエット)に関しては、一流スポーツ選手の管理栄養士が弊害を指摘しています。糖質は大切なエネルギー源で、不足すると慢性的に疲れている状態になるといわれています。また女性ホルモンのバランスが乱れ、月経が止まることも。普通の人は糖質制限ダイエットによって最初の1ヵ月は痩せますが、その後2ヵ月目になると肝臓障害などを起こしやすくなるので注意が必要です。死亡事例があることなどをご説明されると良いのではないでしょうか。
(姫田先生)

「何かを食べない」とか「1つの食品ばかり食べる」と体に大きな負担がかかります。糖質制限ダイエットは、そういう意味で、すごく危ないと思っています。炭水化物を制限すると、体は他のものからエネルギーを摂らなければなりません。人が過去に生きてきた歴史の中で培った栄養摂取方を変えるわけですから、当然、体には多大な負荷がかかります。食習慣を大幅に変えることは、決してプラスにはなりません。大人がそういう間違ったことをしないようにするのが、子供の教育につながると思います。
(杉山先生)

Q食の安全というと、「バランスのいい食事を」……毎回同じになり自信がなくなってしまう…

A

質疑応答の様子

みんなが注目する、興味深い情報を発信したい気持ちはわかります。でも間違った情報では元も子もありません。もし理想的な食品があれば、私たちはもう食べているはずです。食の安全のためには、いろいろなものをバランスよく食べるしか道はありません。生徒たちにはもう少し詳しく、基礎食品群の6グループなどを教えてください。さらに食生活指針で提示した1日30品目食べましょう、という考え方を紹介するのも大事だと思います。
(杉山先生)

バランスよく食べましょう、とまじめに言っているだけではなかなか理解してもらえないのが実情ですね。科学に基づいたちょっと過激な情報を発信することで、危ない情報に対抗してみんなの興味を引き付けることができます。そういうアプローチの仕方も時には必要ではないかと思います。
(姫田先生)

Q家庭科における栄養士の関わり方はどうあるべきでしょうか?

A

これは一番大事なことですよね。栄養士は、食の専門家です。今の子供たちはネットで何でも調べられますから、例えばポリフェノールのことでも知っている気になっています。家庭科の先生は、そんな生徒たちの質問に、なかなかうまく答えられません。栄養士は家庭科の先生をフォローする形で、食における専門性を発揮して、子供たちを指導することが仕事だと思います。もう一つ、注目していただきたいのは学校給食です。学校給食を専門的な見地から解説することはとても大切です。専門性と給食をキーワードに、何が教えられるかをぜひ考えてみてください。
(杉山先生)

参加者の感想

新しい指導要領に向けて「食」についての目標をより明確に取り組みたいと思います。

授業を通して何ができるようになるのかがとても大切であることをよく考えて指導計画を立てたいと思います。

ハンバーグの調理を丁度している所で印象に残りました。生徒達はこれを通して身につけてほしいと思っていることを忘れているので再確認したいです。

色々な食品を取ることによりリスクが減らせるという内容が印象に残りました。

農薬や食の安全を生徒に伝えるのは言い方などとても難しいなと思っていたので、具体的な例を沢山聞くことができ、また資料を沢山頂くことができて良かったです。

食育は家庭科・給食だけではなく、学校全体で取り組むということが印象に残りました。

マスコミで害が0でないということをセンセーショナルに伝えられるとつい心が動かされてしまう自分があります。本日の話を聞いて安心しました。

農薬も適切に使っていただければ消費者として安心です。

家庭科教職員は各学校1名位しかいないため、なかなか情報を得る場がないのでこうした催しはとても有難いです。

初めて参加しましたが、来年も是非参加したいので受講日が分かれば教えてほしいです。