教職員向け

教育関係者セミナーレポート
「食と未来の教え方」

家庭科教職員対象セミナー 食育を科学的に考える(大阪)

講座プログラム

開催日時

:2017年7月31日(月)13:30~16:20

第1部

:「食べることは生きること」

第2部

:「ほんとうの“食の安全”を考える」

参加者

:226名

今回の講師は、この方たち

  • 矢内 真由美 先生

    【パネリスト】
    NHK「きょうの料理」
    プロデューサー
    矢内 真由美 先生

  • 畝山 智香子 先生

    【パネリスト】
    国立医薬品食品衛生研究所
    安全情報部長、薬学博士
    畝山 智香子 先生

  • 毎日新聞大阪本社オーバルホール

    【会場】
    毎日新聞大阪本社
    オーバルホール

【司会】 小谷 あゆみさん フリーアナウンサー、野菜ソムリエ

  • 第1部
  • 第2部
  • 質疑
    応答
  • 先生からのひとこと
  • 参加者
    の感想

第1部:「食べることは生きること」

(講師:矢内 真由美 先生)

北星学園大学卒業、十勝毎日新聞社を経てNHKエデュケーショナルへ入社。料理番組「きょうの料理」のプロデューサーとして25年目。2011年に企画制作したNHKハイビジョン特集「北海道 豆と開拓者たちの物語」でATP賞テレビグランプリのドキュメンタリー部門最優秀賞受賞。2012年に公開したドキュメンタリー映画『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』のプロデューサーも務めた。NHKの看板番組で活躍する矢内先生に、食べることの大切さについて講演していただきました。

今年11月、「きょうの料理」は60才になります

第一回の放送は1957年11月4日。栄養士の近藤とし子先生を講師にお招きし「食はいのちである」をテーマに放送しました。これまでに扱ったレシピは4万以上、講師1700人以上、放送回数1万回以上を数えます。番組のポリシーは「旬の食材を使い、幅広い世代の人々に受け入れられる、お惣菜を紹介すること。時代の半歩先をいくこと」。その時々のあこがれの料理を、日本の食卓に寄り添って紹介してきました。この間に日本は変わりました。栄養欠陥から飽食の時代へ、料理離れ・健康思考の時代、今は外食・ヘルシー・男の料理がキーワードです。年代ごとに振り返ると1950〜70年代は高度経済成長期で、世界の家庭料理が流行し、レシピが定着しました。当初は5人前のレシピでしたが、2009年に2人前に、昨年はお一人様レシピがヒットしました。1970~80年代は飽食の時代へ。衣食住が揃い、誰もが教養や文化を求めました。ウーマンリブの到来もあり、女性はなにをすべきか悩んだ時期でもあります。1980~90年代はバブル真っ盛り。1億総健康時代に突入し、一方で家庭内暴力や孤食が社会問題に。コンビニが登場したのもこの頃です。番組では小林カツ代さんが「女性はみんな大変。がんばりましょう」とエールを送ってくれました。バブル崩壊後の1990~2000年代は、「料理の鉄人」が人気になり、食がエンターテインメント化しました。2000年代になると気候変動などで不安が増大し、狂牛病や鳥インフルエンザなどのニュースが蔓延。食への不安の反動として、暮らしの見直しや家庭料理への回帰が起きます。こうしてみると、日本の食を見つめることは女性の価値観の変化を見つめることでもあると思います。

会場の様子(第1部)

NHKが伝えてきた食育

孤食が表面化した1980~90年代、2つの食育番組を作りました。1982年制作のNHK特集「こどもたちの食卓~なぜひとりで食べるの~」では、今から35年前の小学5、6年生に「きょうの朝食はどんな食事でしたか?」と取材しました。結果に、驚きでした。「今朝食べたもの インスタントラーメン。1人で食べた。待ち遠しくなかった」。孤食の寂しさを訴える多数の回答が得られたのです。子どもだけでの食事は朝食39%、夕食17%という結果でした。さらに1999年にも同じ趣旨で「知っていますか 子どもたちの食卓」を放送しました。1人で食事をする子どもは朝食47%と、8ポイント増えました。子どもだけの食事が加速する現実が明らかになりました。2つの番組に出演した小学生は今45歳と28歳です。子どもの頃の食体験がアイデンティティの形成にどんな影響を与えたかが気になります。その後2010年には、「85歳辰巳芳子“日々の料理を問う”」を制作しました。辰巳さんが発信し続ける「食を大切にすることは命を大切にすること」というメッセージの意味を探りたかったのです。番組では1週間の食事を526人にアンケート。そこで見えてきたのは毎日3食、食べる人はわずか24.6%という事実です。収入があるのに食にこだわらない、どこか病んだ現代人の姿です。食の乱れは「孤食」「個食」「固食」「小食」「粉食」「濃食」の6つの「コショク」で表せます。グルメと味覚音痴が同居しているのが今の日本人です。大切なのは若い人に①本物の味を体験する②自分でつくる③味覚を育てる 3つの機会を作ってあげることだと考えるようになりました。

会場の様子(第1部)

食といのちを考える

食には移りゆくトレンドと同時に、変わらない価値があります。2013年、番組づくりでご一緒した辰巳芳子さんの活動を追った「天のしずく」という映画をプロデュースしました。きっかけは「どんなに詳しくレシピを伝えても、食への思いは番組では伝わらない」というジレンマ。食を通して命の大切さを訴えていた辰巳さんと、変わらない食の価値をメッセージしたかったのです。映画を選んだのは、テレビはトレンドをわかりやすく表現するのは得意だけど、抽象的な表現が苦手だから。それに映画なら、私が死んでからも残ると思いました。作品に込めたのは、「美味しく作って喜ばせたい」という気持ちの尊さ。料理とは誰かを愛していることの表れです。愛することは生きることに他なりません。つまり、いのちを支えるのは食だということを一人でも多くの人に感じて欲しかったのです。最近、ある女子大学で「思い出の味はなんですか?」というアンケートを実施しました。上位にあがったのは卵焼き、味噌汁、カレーライスといった定番ばかり。20年前とほぼ同じです。食べることの大切さを食育で伝えていけば、人はきっと食卓にもどってきます。若い時に身につけたよい食生活は、生涯の宝物になります。生徒たちに教えてあげてください。食べることを大切にすることは、いのちを大切にすること。60年前、「きょうの料理」の第1回のテーマは「食はいのちである」でした。私たちは60年をかけて、「元の位置」にもどってきたのかもしれません。

会場の様子(第1部)

第2部:「ほんとうの“食の安全”を考える」

(講師:畝山 智香子 先生)

東北大学大学院薬学研究科博士前期課程修了(製薬科学)。東京大学薬学部にて薬学博士号取得。厚生労働省直轄の国立医薬品食品衛生研究所で食品中に存在する化学物質の安全性評価を行っている畝山先生に、日頃から気をつけたい食品の安全について講演していただきました。

食品はクリーンな物質ではない

食品とは何か?と聞かれたら、ほとんどの先生が困ってしまうと思います。食品の定義は「人間が生きるための栄養やエネルギー源として食べてきた、食べてもすぐに明確な有害影響がないことがわかっている未知の化学物質のかたまり」です。私たちが食品と考えているものは、経験上で安全を担保しているだけで、本当のところは何もわかっていないのです。これが食品研究者のリアルな見解です。もちろん栄養素や添加物など構造や機能がある程度わかっている物質も含まれていますが、ごく一部です。人類は日々壮大な人体実験を行っていると言っても過言ではありません。そこで食の安全で大事なのがリスクという考え方です。リスクは「ある」「ない」で判断するのではなく、「どのくらい大きいか」「どちらが大きいか」で考える必要があります。定量と比較が大切です。これを公式にしたものが【リスク=ハザード×暴露量】です。「ハザード」とは、あるモノの危険性・有害性で、「暴露量」とは食べる量です。ハザードは変えられませんが、暴露量は変えられます。リスクを減らすには暴露量を減らす、つまり食べる量を減らすことです。食品の安全とは「意図された用途で、作ったり食べたりした場合に、その食品が消費者へ害を与えない」という保証です。リスクが許容できる程度に低い状態であれば、食品は安全です。リスクゼロではありません。これは一般の人が抱く食品のイメージとは、かけ離れています。食品とは未知の化学物質のかたまりであり、食品の安全とは消費者へ害を与えない、許容できる程度にリスクが低い状態に過ぎないのです。

会場の様子(第2部)

健康食品には、注意が必要

食品の中に入っている汚染物質はどんなものがあるでしょう。たとえば、重金属や環境汚染物質など、環境中に存在する物質が意図せず食品に移行したもの。カビ毒や加工の際にできるものや、容器や調理器具などから移るものもあります。今注目されている汚染物質に無機ヒ素があります。発がんリスクが高まる物質で、海産物のヒジキやお米に多く含まれています。いずれも日本人の摂取量が多い食品です。国内ではあまり報道されていませんが、国際基準でみると日本人の摂取量は安全性の目安となる量のギリギリのところにあります。海外ではヒジキを販売禁止にしている国があり、子供に白米や玄米を勧めない国もあります。とはいえ、これによってすぐに健康被害はありません。普通の生活で摂取している量なら問題はないと言えます。それよりもリスクが懸念されるのは健康食品です。健康食品は、普通の食品の他にサプリメントと称してカプセル・錠剤・濃縮エキスなどがあり形態はさまざまです。薬機法違反や違反すれすれで販売されているものもあります。これらは長期間・大量に摂取しやすいためリスクが高い食品です。原料は食品として食べた経験があっても濃縮物や乾燥粉末には食の経験値はありません。安全性や有効性の事前評価がなされていません。また「表示と内容物が一致しない」「有害植物などの混入」「メディアを利用した誇大広告」などの問題もあり、その使用には注意が必要です。

会場の様子(第2部)

残留農薬や食品添加物は、実質リスクゼロ

一般的にリスクが高いイメージがある残留農薬や食品添加物ですが、実質的なリスクはゼロに近いと言えます。なぜなら、これらは食品安全委員会が一生涯に渡って毎日摂取しても健康に影響が出ない量に、さらに安全係数をかけて大きな余裕をもって使用できる量を決めているからです。さらに、この「リスク評価」を基に、厚生労働省や農林水産省が、正しく使用されているかを厳しく検査するなど「リスク管理」を徹底しています。国がしっかりとコントロールしており、残留農薬や食品添加物のリスクは実質ゼロレベルです。これまでの食品は安全という幻想の上で「食の安全」を考えてきたかもしれませんが、これからの食の安全確保は、未知で変化するリスクのかたまりである食品を相手に、絶え間なく進化することが求められます。我々人類はまだ人生80年という長寿時代を過去に経験していません。食品にはもともと膨大で多様なリスクがあります。安全性の確認には「農場から食卓まで」一貫した対応が必要になります。食の安全は生産者、販売者だけでなく、消費者にも責任があることを認識しなくてはなりません。食卓で何をどう食べるかということが健康にとって重要です。世界中の食品安全機関が健康と安全のために一致して薦める「多様な食品からなる、バランスの取れた食生活」は、食卓と密接に結びついていることを理解しましょう。特定の食品(種類、産地、栽培法など)に偏らないバランスのとれた食生活。それが食のリスクを分散し、安全な食生活を送るうえで基本となることを、子供たちや親御さんへ広く伝えてください。

会場の様子(第2部)

こんな質問がありました。

Q食品添加物の安全性について教えてください。

A

学校の先生の中には食品添加物の安全性に疑問を持っている人がまだ多いかもしれません。食品添加物の安全基準はとても厳しく、それをクリアしたものは食品のエリートと言えます。塩や砂糖も食品添加物の一種であり、たまたま基準がないだけのものです。添加物が入っているからダメと決めつけるのではなく、必要だから使うという姿勢が大切ではないでしょうか。人間は長い年月をかけて、食の安全のために工夫を凝らしてきました。新しい食品は古いものよりも安全性が高い、と考えるのが一般的だと思います。
(畝山先生)

Q子ども食堂について教えてください。

A

子ども食堂は、安全安心な食を提供するところと、楽しく食べる時間をシェアするところの2タイプがあります。池袋に「要町あさやけ子ども食堂」があります。ここをボランティアで支援していた大学生が、卒業制作で食堂を舞台にドキュメンタリーを作成しました。私もお手伝いしたのですが、実感したのは、今の時代いろいろな問題があるけれど、みんなで食卓を楽しく囲めば安心できるのではないかということ。そういう場所には、食の安全もついてくるのではないでしょうか。
(矢内先生)

Q映画「天のしずく」を観て、とても感動しました。矢内先生、次回作の構想はありますか?

A

ありがとうございます。そうおっしゃっていただくと、とてもうれしいです。今準備している作品があって、それは「種」をテーマにしたものです。全国各地の風土の記憶を収めた胚芽は、新しい土地で、やがて芽吹き実をつけます。そんな種のミラクルワールドをドキュメンタリー作品にして、命の大切さを伝えられたらいいなと考えています。
(矢内先生)

Qテレビを見ていると、間違った食情報がたくさん流れています。どのように対処すればいいでしょうか?

A

質疑応答の様子

マスコミ情報を鵜呑みにしないで、疑問を持ち、元ネタを当たってみることです。その際、手助けになるのは公的機関の情報です。定期的にチェックすることで、正しい情報が身につき、メディアリテラシーが高まります。食の世界では、常に新しい情報をチェックすることが大切だと考えてください。
(畝山先生)

質疑応答の様子

なにかと問題があるメディアの人間ですが(笑)。私共は情報に接するとき裏をとることを徹底します。一度得た情報を、いろいろな角度から念には念を入れて吟味し、歪みなく視聴者に届けることを心掛けています。また受け手の皆さんが情報をみんなで共有することで、リテラシーは高まると思います。
(矢内先生)

Qチアシードやスーパーフードが注目されていますが、新しい食品についてはどうお考えですか?

A

質疑応答の様子

日本は新しい食品に関する規制が緩やかで、チアシードなどの新しい食品を簡単に販売できます。健康にいいかどうかは別にして、毎日食べましょうというのは問題があります。オシャレだからという理由で摂りすぎると逆効果です。適量を食べることが大事だと思います。
(畝山先生)

先生からのひとこと

矢内先生

社会がどんどん複雑になって、生きる現場は日々悩みが増えているのではないかと思います。そんな中で、食を一つの軸にして人生を考えると、幸せな方向にいけるのではないかと思います。食べることを真ん中に置くと、みんなが仲良くなります。先生には、子どもたちに楽しい授業と笑顔をふりまいていただけたらと思います。私たちも、これからの豊かな食を見つめていきます。みなさん一緒にがんばりましょう。

畝山先生

子どもは好き嫌いがあるものです。子どもの偏食が気になる先生が多いかもしれませんが、大人だって偏食はあります。必要以上に完璧な食生活を求めなくてもいいと思います。学校の先生だからといって、子どもの全てを背負って苦労することはありません。先生というお仕事は大変な仕事ですから、根っこのところをしっかりすれば、細かいところは大雑把でもかまいません。子どもたちが興味をもつ楽しい授業をしてあげてください。

参加者の感想

どちらの先生のお話も大変素晴らしかったです。2学期からの指導に生かしたいです。

残留農薬や食品添加物より、健康食品などの安全性の方が危険だと知りました。

「天のしずく」を観たいと思いました。できれば子どもたちにも観せてあげたいです。

どんな食品にもリスクがあるからこそ、いろんな食品をバランスよく食べることが大切だとわかりました。

20年前と今とで、思い出の味にあまり違いがないことが印象に残りました。

食品のリスクに比べれば残留農薬のリスクがほとんど0に近いことを知り、驚きました。

ぼんやり感じていたことが明確になりました。やはりバランスが大事です。こだわり過ぎないことが精神的・身体的にも大事だと感じました。

知らないということが一番怖いとわかりました。勉強することをやめてはいけないと思いました。

農薬に関するイメージがよくなり、健康食品に関しては危機感を感じました。しっかり勉強して、生徒たちに指導できるようがんばります。

「若いときに身につけた食生活が生涯の宝物になる」というメッセージが心に響きました。