農薬情報局 教職員向け

教育関係者セミナーレポート

食と未来の教え方

食に関する今と未来を子どもたちに教える教育関係者向けのセミナーから、
授業のヒントや教育関係者として知っておきたい内容をピックアップしてお届けします。

家庭科教職員対象セミナー
食育を科学的に考える(仙台)

2016年7月25日(月)

今回の講師は、この方たち
 
  • 【パネリスト】
    杉山 久仁子 先生
    横浜国立大学
    教育人間科学部長、教授
    農学博士
    杉山 久仁子 先生
  • 【パネリスト】
    松永 和紀 先生
    科学ライター
    「FOOCOM.NET」事務局
    松永 和紀 先生
  •  
     
  • 【会場】
    トランスシティカンファレンス・仙台
    トランスシティカンファレンス・仙台

【司会】 フリーアナウンサー、栄養士 茂野えり子さん

講座プログラム
  • 第1部講演:「食育における家庭科の役割」
  • 第2部講演:「食の安全情報を読み解く」
  • ・開催日時:2016年7月25日(月)13:30~16:20
  • ・参加者:123名
第1部 食育における家庭科の役割

講師:杉山 久仁子 先生

食生活学、調理科学を専門分野に小学校の家庭科の教科書の執筆や、中学校学習指導要領解説技術・家庭編の作成協力者などを務める。小・中学校の家庭科教育を牽引する立場から、食育における家庭科教育の役割を解説いただきました。

  • 「食育とは?」を共有しましょう
    食育は2005年にまとめられた「食育基本法」で輪郭が定まりました。この前文には、食育とは①生きる上での基本であって、知育、道徳、体育の基礎となるべきもの、と定義されています。さらに②様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てること、とあります。①は昔からの考え方ですが、②は特に近年必要とされている考え方です。食育に関する国の動きは「食育基本法」以前からあり、その出発点は1978年の「第1次国民健康づくり対策」です。ここから国民の健康について国の関与が始まり、以来、10年ごとに「健康づくり対策」は見直され、現在に継承されています。この中で誰もが知っている1日30品目という食事のチェック方法が登場(健康づくりのための食生活指針・1985年)しました。とても馴染みやすいキーワードですが、2000年の「食生活指針」では消失しています。その理由のひとつは、数字にこだわりすぎて本質を見失う傾向があったからと考えられます。30という数字はあくまで目安であって、本質はバラエティ豊かに食べることを意識しましょうというメッセージです。小学生が対象なら、体内での働きによる3つのグループの食材がまんべんなく入っていることが大切。栄養バランスのよい食事をするためには、まずは大雑把に捉えてできるだけ多種類の食品を食べるようにすることが重要と理解してください。
  • 会場の様子(第1部)
  • 食育の推進に必要なことは?
    その後2006年には「第1次食育推進基本計画」が策定され、2011年に「第2次食育推進基本計画」として更新されました。食育推進基本計画は5年ごとに実態調査が行われ、新しい目標に沿って見直されています。今ちょうど「第3次食育推進基本計画」(2016年〜2020年)が実施されているところです。ウェブで公開されていますから、時間があるときぜひ確認してください。学校における食育の推進については、2006年に「中央教育審議会審議経過報告」がリリースされました。ここでは「学校における食育は食事の重要性、心身の成長や健康、食品の選択能力、感謝する心、人間関係の形成能力、食文化などを総合的にはぐくむ」と定義されています。家庭科の授業だけで全ての対応は不可能です。2007年に文部科学省が作成した「食に関する指導の手引」では、学校における食育の全体計画例が示されています。これは実際に全ての学校で作成されているはずですから、自分の学校のものを確認してみてください。2008年の答申では、食に関する指導を推進するためには、校長のリーダーシップの下に、教職員全員が連携・協力しながら、指導の充実を図ることが盛り込まれました。授業においては学校給食を教材として積極的に活用することが求められています。家庭での食事はプライバシーの問題からも扱いに注意する必要があります。ただし、小学校高学年になったら、どんな食事をすればよいのか、考えることができ、家庭の食事の改善のために少しずつ家族の一員として実践できるよう、成長の手助けをするのが教師の役目です。
  • 会場の様子(第1部)
  • 家庭科における食物の学習
    家庭科における食物の学習は、大きく2つあります。1つは、何を食べればよいのか。ここでは栄養、食物の選択、献立を学びます。次は、どのように食べるか。調理や食事環境について学びます。これらの学習における目標は、小学校、中学校、高等学校で定められおり、生涯の見通しをもって、よりよい生活を送るための能力と実践的な態度を育てていきます。ただ今の家庭科の時間数では限界があります。そこで諦めるのではなく、限られた時間の中で、生徒たちが自発的に考える力をつけるような、授業を作っていかなくてはなりません。調理実習は、みんなで楽しむイベントではありません。家庭科で学んだことを確認する場です。現状を評価するのではなく、学習を通じて変容した姿を評価してあげましょう。そのため、調理の技能テストをする場合は2回実施すべきです。1回目はどの程度できるのか現状を確認するためのテスト、2回目は少し期間を置いて学習・練習した成果を評価するテストです。子供はやれば必ずできるものです。ただし習得の早い子と、遅い子がいます。例えば包丁の使い方でもコツさえ教えてあげれば、子供はできるようになり、調理が楽しくて仕方なくなります。小・中学校の間にしっかり教えてください。大学生になったら恥ずかしくてできなくなります。小学校家庭科の調理実習で、なぜ米を鍋で炊くのか知っていますか? 鍋で炊くことで硬い米が、柔らかいご飯になるまでの一連の操作や変化を実感できるからです。ご飯を上手に炊くためには、水加減や火加減などが重要であり、非常に難しい調理だと気づくことが大切です。一方、ゆでる調理におけるポイントは、何分茹でるかを教えるのではなくて、食材の種類と食べる人の好みに合わせてどの程度加熱すればいいか自分で考えられる力をつけてあげること。自ら考える力を育てるようにしてください。
  • 会場の様子(第1部)
第2部 食の安全情報を読み解く

講師:松永 和紀 先生

京都大学大学院農学研究科修士課程を修了。専門は食品の安全性や生産技術、環境影響など。新聞記者として10年間勤めた後、独立。2011年に科学的に適切な食情報を収集し提供する消費者団体「Food Communication Compass(略称FOOCOM)」を設立。主婦、母の視点を大切にする松永先生に、食の安全情報についてお話いただきました。

  • 知っておくべき食品のリスク
    ここ20年程で食品の研究が進み、科学者に見える食品の世界と、一般の人がもっている食品のイメージは大きな隔たりができています。たとえば食品の汚染について、一般の人は食品とはクリーンなもので、その一部に食品添加物や残留農薬などが付着していると理解しています。ところが科学者の見ている世界は違います。食品とは未知の物質や微生物などの塊です。もちろん炭水化物、脂質、たんぱく質などの栄養成分が大半を占めています。しかし一方で、毒性物質や発がん物質、カビ毒などがたくさん含まれているのです。また最近の研究で、肉や魚、野菜などでも加熱調理で発がん物質が発生することも確認されています。植物の栽培や貯蔵時にカビが付着し、毒性物質を作ることもわかってきました。食品の安全とはリスクゼロの意味ではありません。リスクが許容できる程度であれば安全という認識です。自然・天然・ナチュラルが安全・健康というのはウソです。食品のリスクを決める2つの要素は「なに」を「どれだけ」食べるか。それによって体への影響が決まります。フグの毒は少量で致死量に達しますが、食塩や砂糖でも大量に摂取すれば致死量となります。つまり【リスク=ハザード(有害性)×摂取量】という公式が成り立つのです。食品には天然の毒性物質、微生物など未知のものが多く含まれており、科学者がこれらを怖がっているのが現実なのです。
  • 会場の様子(第2部)
  • 農薬の「イメージ」と「現実」
    一方で農薬や食品添加物、抗生物質などは、非常に厳しい安全基準のもとで使用されています。たとえば農薬は、安全性評価の仕組みが確立されており、使用法も厳しくコントロールされています。環境破壊につながるというイメージも誤解です。生態系への影響調査も行われており、分解性の高い成分しか使用が認められていません。農薬が危険というのは、昔の農薬のイメージです。農薬を使うメリットはたくさんあります。たとえば農耕地は大面積に一種類の食物が栽培されているため、その作物を好む微生物や虫などが集まってきます。農薬はそれらの病気や害虫をピンポイントで防除します。今の農薬は安価で性能も向上していますから、安定生産に大きく貢献しています。また食品の安全性を高める効果もあります。日本は温暖多湿であり、病害虫が発生しやすい気候のため、農薬の存在価値が大きいといえます。このように農薬は、農業の生産性を高め、消費者に恩恵をもたらしています。もちろん、パーフェクトに安全とか、環境への影響もわかっている、というわけではありませんが、かなり高いレベルで管理されており、今でも少しずつ改善が図られている、という状況です。有機農業はいい面もありますが、化学合成農薬を原則として使わないため、作物自身に毒性物質が発生してしまう場合もあると指摘されています。また、地球規模で考えると同量の収穫を得るためには、より広大な面積を必要とするため環境への影響が大きくなる場合もあります。農薬は非常にリスクが低く、経済性の面からも農業にとってなくてはならない存在といえます。
  • 会場の様子(第2部)
  • 日本の食報道の問題点
    私が考える食のリスクのトップは「偏食・過食・運動不足・不規則な生活」です。これによって糖尿病や高血圧疾患などの生活習慣病のリスクが誘引されています。その次にリスクが高いのが食中毒です。細菌、ウィルスが原因の患者数は年間2〜3万人と言われますが、統計上漏れるケースが多く、実際は患者が数百万人発生していると推測されます。これらに比べると残留農薬や食品添加物、遺伝子組み換え食品などの食のリスクは無視できる範囲と考えられます。私は残留農薬で死んだという例を聞いたことがありません。データから客観的に判断すると、残留農薬、食品添加物などは普段の食生活で気にすることはありません。食のリスクを避けるには、どうバランスよく食べるかが一番大切だと思います。そういう意味で気になるのは、歪んだマスメディアの報道です。メディアは面白いものを流す傾向が強く、また内容を単純化してしまいがちです。たとえば中国産は悪、国産は善という単純な二元論がその例です。専門知識が足りない、調べる時間がない、ということが背景にあるのかもしれません。メディアは一般的に複雑な事象の総合的な判断が苦手な面があると言えます。食のリスクの問題は、それほど単純ではありません。マスメディアの報道を鵜呑みにするのではなく、自ら考える姿勢こそが大切であることを、子供たちや親御さんへ伝えてください。先生の正しい指導が、40年後の子供たちへの大きな贈り物になると信じています。
  • 会場の様子(第2部)
教育関係者の方々の関心は? ~質疑応答~

授業の中で、つい食品添加物や農薬はよくないと指導してしまいます。どのような教え方がよいでしょうか。

中学生であれば「生鮮食品」と「加工食品」は学んでいると思います。ある時期たくさん収穫があり、それを保存して食べたのが加工食品の始まりです。この保存性や味を高めたのが食品添加物です。長い歴史の中で、万人の知恵となり、科学的な裏付けを得て、法として定められたものです。食べることを間違えると死んでしまいます。食に関わることを規定するのは非常に大切なことです。食品添加物や農薬は、厳重に安全管理をした上で使われています。そういう歴史の積重ねをしっかり理解した上で、わかりやすく生徒に伝えてもらいたいと思います。
(杉山先生)
質疑応答の様子

質疑応答の様子
今ネットを見ると、亜硝酸塩を使っているハム・ソーセージを食べるとがんになるという記事があふれています。ところがハム・ソーセージより野菜中に含まれている硝酸塩を摂取後に変化した亜硝酸塩の方が圧倒的に多いのです。ドイツでは亜硝酸塩が入っていないハム・ソーセージは販売されていません。使わないことで安全性が高まるというのはウソです。こういう流言を多くの人が信じてしまっています。厚生労働省などのサイトを調べると、正しい情報が掲載されています。先生には信頼できる情報を得る努力をして欲しいと思います。農薬についても同じで、正しい情報を理解した上で子供たちに教えてください。
(松永先生)

食品添加物を除去するような調理方法はありますか?

取出したい物だけを選択的に取出すのは難しいです。水に溶けるものは抜くことができますが、そうでないものは不可能かと思います。必ず食べ物の美味しい部分まで出てしまいます。食品添加物を除去する方法はなくはありませんが、誰もがそれをやらなくてはならない問題ではありません。
(杉山先生)
質疑応答の様子
農薬はどうなのか?と思う人がいるかもしれません。農薬も水に溶けるものと油に溶けるものがあります。外側についているものは水洗いで取れますが、中に入っているものは取れません。でも残っているものはごく微量ですから、心配することはないと思います。
(松永先生)

弁当の日とは、どのようなものでしょうか?
食事バランスガイドをどう考えればよいですか?

弁当の日は、香川県の先生が始めたもので、全国で実施されています。ただ小学校で実施するのは非常に難しいです。先生の手厚いバックアップがないと、そう簡単にはできないと思います。弁当の日を設けることで、家庭の状況が赤裸々に出て、いじめにつながるケースがあります。そこは気をつけなければいけないと思います。食事バランスガイドの話ですが、中学校では「食品群」を教えています。食品群は食材で、食事バランスガイドは料理で、食事を考えるものです。中学校では食品群を用いながら、食事バランスガイドも活用するのがいいのではないでしょうか。
(杉山先生)

食事バランスガイドは、一般の人がどう食事を組み立てるかという指針です。その人の食事が、食事バランスガイドに沿っていると、総死亡リスクが沿っていない人より15%低いとされています。脳血管疾患による死亡リスクは22%低くなります。それぐらい栄養をバランスよく摂るというのは大切なことなのです。自分が食べているものの栄養バランスをチェックするには、とても参考になります。食事バランスガイドにそって食生活を改善すれば、健康食品を摂る何倍も、健康リスクがさがると思います。
(松永先生)

セミナーに参加して ~参加者の感想~
  • ・お二人の先生が話されることが繋がっていて理解が深まりました。食育は大事だと改めて思ったので、こうしたセミナーは毎年開催して欲しいです。
  • ・授業時間が限られているなかで、なにを子供たちに伝えていくべきかがわかりました。これからの授業に生かしていきます。
  • ・天然、自然だから安心とは限らないとわかりました。食品添加物や残留農薬は避けようと思っていましたが、厳しい基準を守って使われていることを知り、考え方が変わりました。
  • ・生徒の肥満が多いのですが、食の安全、健康対策で一番にやるべきことは、偏食・過食・運動不足・不規則な生活を改めることだと知りました。
  • ・「調理実習のあり方」「実技テストの回数」「考える力をつける授業」などが、とても参考になりました。
  • ・児童が自分でしっかり考えて、判断して、生きていく力をつける授業を創っていかなくてはならないと実感しました。
  • ・授業を時間内に終わらせることが目的になっていましたが、子供たちに自ら考えことを教えるべきだと理解しました。
  • ・高校生の食習慣のセミナーもぜひ実施してください。
  • ・農薬は悪いものと捉えていましたが、改良により安全性が高くなっていることを知り、イメージが変わりました。
  • ・どんな食べ物にもリスクがあること。大事なのは「何をどれだけ食べるか」であると学びました。