農薬情報局 教職員向け

教育関係者セミナーレポート

食と未来の教え方

食に関する今と未来を子どもたちに教える教育関係者向けのセミナーから、
授業のヒントや教育関係者として知っておきたい内容をピックアップしてお届けします。

栄養教諭・学校栄養職員(食育担当教職員)向け
セミナー
食育を科学的に考える(東京)

2015年3月14日(土)

今回の講師は、この方たち
 
  • 【パネリスト】
    松永 和紀 先生
    科学ジャーナリスト・
    「FOOCOM.NET」
    編集長
    松永 和紀 先生
  • 【パネリスト】
    眞鍋 昇 先生
    東京大学
    農学生命科学研究科教授
    農学博士
    眞鍋 昇 先生
  • 【パネリスト】
    監物 南美 さん
    『栄養と料理』
    編集長
    監物 南美 さん
  • 【会場】
    ベルサール八重洲
    ベルサール八重洲

【司会】 フリーアナウンサー 村林 梨絵子 さん

講座プログラム
  • 第1部講演:「食の安全情報を読み解く」
  • 第2部講演:「知っているようで知らない、農薬の話」
  • 第3部トークセッション:「食育を科学的に考える
    ~子ども達に正しい食情報を~」
  • ・開催日時:2015年3月14日(土)13:30~17:00
  • ・参加者:100名
第1部 食の安全情報を読み解く

講師:松永 和紀 先生

大学院修士課程で農学を専攻。毎日新聞社で記者として10年勤務後、独立して食品の安全性や生産技術、環境影響などを中心に、科学ジャーナリスト・ライターとして活躍している松永先生に、食の安全情報についてお話いただきました。

  • 食のリスクについて
    一般の方は、食品にクリーンなイメージを持っていることと思います。そのクリーンな食品が添加物や農薬、放射性物質で汚染されているので、それらを取り除けばリスクがゼロになると考えていることでしょう。しかし、食品の研究を行っている専門家にとっては、食品は「グレーの存在」と捉えています。なぜなら、食品自体には天然の毒性物質、発がん性物質、そして未知の物質が含まれているからです。そのため、食品添加物や農薬を除去すればリスクがゼロになるといった、単純なものではないと捉えています。
    「食の安全」を考える上で重要なことは、「何をどれだけの量食べるのか」ということだと考えています。どんな物質も致死量というものがあります。塩、砂糖、水でさえも、一度に大量摂取すれば死に至ることがあります。逆に、適量を摂取していれば何ら問題はありません。
    食品に存在する天然の毒性物質や発がん性物質の含有量はさまざまで、微量しかなく特定の食品を大量に食べるような食生活でなければ人体への影響を避けられることも多いです。一方で、比較的量が多く、企業などが低減に努めているものもあります。
  • 会場の様子(第1部)
  • 食の安全を守るための 評価と管理について
    日本では、食の安全の評価と管理するための仕組みが整備されています。食の安全性を評価する機関として内閣府に「食品安全委員会」が設置されており、食の安全性を科学的、かつ中立性を持って評価しています。また、管理は厚生労働省、農林水産省、消費者庁などがそれぞれ行っており、消費者や企業など関係者と意見交換し理解を深めリスクコミュニケーションによって、食の安全性を守っています。
    食品添加物や農薬は、昔は規制が緩く毒性の強い物質が使われ使用禁止になったりしました。しかし、そうした教訓を活かして、今は規制が非常に厳しくなっています。ところが、昔のイメージが強く残っています。特に農薬は、作物を効率よく生産するために不可欠な存在であり、残留量に関しても、人体に影響が出ないようにコントロールされています。リンゴやモモは、農薬を使わなければほとんど収穫ができません。また、農薬が強い毒性を持つカビ毒の発生を抑制するなど、農薬を使用したほうが食の安全性が高くなる場合もあります。
    現在、専門家が気にしているのは天然の毒性物質や微生物です。今でも研究途上にあり、安全性に関してのきちんとした対策が取られていないものもあります。一方、農薬や食品添加物、抗生物質など人為的に使う物質は、非常に詳しく評価をしてから使用を認める制度があります。自然・天然は安全、人工・合成は危険という単純な理論からは脱していかなければなりません。
  • 会場の様子(第1部)
  • 求められるメディアリテラシー
    現在は、新聞、雑誌、テレビ、ラジオといったマスメディアだけでなく、インターネット、SNSなどの影響力が強くなっています。特にインターネットは、誰が情報発信をしているのかわからない情報が多く存在します。根拠のない情報は信用しないことが一番重要です。
    そこで求められるのが、「メディアリテラシー」です。メディアを主体的に読み解く力を付けたり、インターネットを読み解く力が、我々には必要です。
    情報収集のきっかけは、新聞やテレビで問題ありません。しかし、そこから情報源を遡っていく必要があります。情報源としては、行政機関の情報は信頼度が高いと思います。インターネットで開示されているので、疑問に思ったら見てみるといいでしょう。また、厚生労働省、各種自治体、企業や研究機関、生協、市民団体のサイトなども参考にされるといいでしょう。
    食品の安全性はもちろん、情報の安全性も重要です。情報があなたを毒する可能性もあります。根拠のない情報に惑わされないように、ご自身が知識を増やしていくことが必要です。本日ここに来てくださった皆様は、その一歩を踏み出してくださっていると思います。
  • 会場の様子(第1部)
第2部 知っているようで知らない、農薬の話

講師:眞鍋 昇 先生

日本農薬株式会社、パストゥール研究所を経て、京都大学農学部助教授に就任。2004年から東京大学農学生命科学研究科教授を務めている眞鍋先生に、農薬の安全性や残留農薬についてお話していただきました。

  • 農薬とは?
    農薬は、「農作物を害する病気・害虫・雑草などを防除・制御して作物を保護し、生産性を高めるために使用する薬剤」です。殺菌剤や殺虫剤、除草剤、発根促進剤、着果促進剤、無種子果剤などがよく知られていますが、近年は害虫を食べる天敵も農薬と呼ばれています。
    また、最近では昆虫を殺すのではなく、メスの性フェロモンを利用してオスを幻惑し、交尾できなくするフェロモン剤というものも農薬に分類されます。
    人間の場合は、病気にかかったら薬を飲んで治療をしますが、植物の場合は予防的に使われることが多いのも農薬の特長です。
  • 会場の様子(第2部)
  • 農薬は必要なの?
    農耕地は生態系から見れば、単一の植物が大量にあるとても不自然な状態です。このような状態になると、その植物を狙う虫が大量に発生します。また、収穫物は農地の外に持ちだされてしまうために、農地はどんどんやせていってしまいます。このような不自然な状態で農業を行っているため、肥料を与えたり、農薬を使って特定の病害虫・雑草を駆除するなどのコントロールが必要不可欠となります。
    仮に、農薬を使わずに米を栽培した場合、農薬を使った場合に比べ収穫は2割減、リンゴは約9割減になるという実験結果があります。
    農薬は厳しい試験を通過し、人体に影響がないものだけが使用を許可されています。安全性が担保されている薬を使うことで、農作物の収穫量が増え、高品質を保つことができています。また、農家の方にとっても収入が上がり、労働時間が短くなることで職業として成立します。こう考えると、現代の農業に、農薬は不可欠な存在と言えるでしょう。
  • 会場の様子(第2部)
  • 農薬の安全性について
    農薬の安全性試験は「作物に対する安全性」「使用者への安全性」「消費者への安全性」「環境への安全性」という4つの安全を担保するために行われています。現在の農薬は、製造業者がさまざまな試験を行い、その結果を農林水産省へ登録申請します。そして、同省のほか厚生労働省、環境省、内閣府食品安全委員会などが多面的に評価し、安全性が確認されたものだけが農薬登録され、販売できる仕組みになっています。
    また、使用に関しても厳しい基準が設けられており、使用回数、使用量などが決められています。この基準が守られないと罰則規定がありますし、間違った使用法によって残留基準値を超えた農作物は、出荷することができません。
    時代とともに、農薬の安全性のレベルは変わってきています。たとえば、ラットやマウスといった哺乳動物と、イエバエなどの昆虫の間では、農薬の効果が発現する量に違いがあります。これが「選択性の違い」です。近年の農薬は、害虫にはごく少量で効果があり、哺乳動物への影響が非常に少なくなっています。そのため、人体にはほとんど影響を及ぼしません。
    度々話題に上る残留農薬の問題も、農薬の進化により、ほとんどが散布後短期間で分解されてしまいます。仮に植物に残留していても、人体には影響がないよう使用回数や使用量が決められています。もはや、残留農薬問題は過去の話なのです。
  • 会場の様子(第2部)
  • リスクという考え方について
    有機栽培や無農薬野菜が安心・安全であるという風潮がありますが、必ずしもそうではありません。植物が本来持っている毒性物質や、カビや細菌などの微生物、発がん性物質や放射性核種などが存在します。
    よくメディアなどで、「◯◯が体によい、悪い」という話題を目にしますが、これらはすべて量の問題です。どんなものでも、一度に大量摂取をすれば体に悪く、適量をバランスよく食べていれば体によいのです。いわゆる、リスクとベネフィットのバランスを考えなくてはいけません。
    大事なのは、バランスよく食べるということ、リスクという考え方をすること、そして食についての確かな情報を理解することです。柔らかな頭と心を持ち、「絶対安全」は難しいということを肝に銘じておきましょう。
  • 会場の様子(第2部)
第3部 食育を科学的に考える〜子ども達に正しい食情報を〜

コーディネーター:松永 和紀 先生
パネリスト:監物 南美 編集長、眞鍋 昇 先生

第3部では、松永先生がコーディネーターとなり、眞鍋先生と「現代を健康に生きる」をモットーにした月刊誌『栄養と料理』編集長、監物 南美さんによるトークセッションです。監物編集長は、長年松永さん寄稿の編集を担当。現在は編集長として本誌だけでなく書籍などを担当されています。

3人のトークのポイントは、有機栽培や無農薬野菜が安心・安全との風潮があるが必ずしもそうではなく、生活者一人一人が見識を高め、自分で判断することが大切とのこと。また栄養関係の仕事に従事する方には、ぜひ「食事摂取基準2015」を読んでいただきたいとのメッセージがありました。トークセッションのあと質疑応答となりました。

  • Q 異物混入の「異物」の基準はどう考えたらいいのでしょうか。野菜につきものの虫はどう考えたらいいのでしょうか。
    個人的には、虫がいても心配はないと思います。1匹2匹であれば、取り除いてしまえば野菜にそれほど影響はないでしょう。ただし、給食の現場ではルールを作って対処したほうがいいと思います。
    (眞鍋先生)

    学校給食などの現場の方などは、判断基準が定まっていないので辛いところでしょう。アメリカでは、ピーナツバターは昆虫片が30個までOKというように、食品ごとに許容できる虫の数が決まっています。しかし、アメリカに比べ食品数が多い日本では難しい面もあります。眞鍋先生が仰るとおり、それぞれの自治体などである程度判断基準を決めておき、説明して理解していただけるようにしておくのが望ましいですね。このようなことは、現場からの声はなかなか伝わらないので、行政レベルで考えていただきたいところです。
    (松永先生)
  • 会場の様子(第3部)
  • Q 食品添加物と農薬の複合影響、複合毒性についてお聞きしたいのですが。
    複合影響というのは、医薬品と食品というケースがあります。この医薬品を飲むときはグレープフルーツは飲まないでくださいという感じですね。また、複数の医薬品を一緒に飲んではいけないというものもあります。これが複合影響です。医薬品は、一度に大量に摂取するため、影響が出るのではと言われています。一方農薬や食品添加物の場合は、摂取量はごく微量です。人の体の中でそれらが結合してなにか新しい物質になったり、同じ代謝系に同時に作用して反応をもたらしたりする可能性は非常に低く、無視できるとされています。今のことは、食品安全委員会で調査をしていて、数年前にリポートが上がっているので、参照してみてください。ただし、確率がゼロ、というわけではないので、今後も研究を続けていく必要があると言われています。
    (松永先生)
  • 会場の様子(第3部)
  • Q ナッツではアーモンドがいいんでしょう? 油ではオリーブオイルがいいんでしょう? というように、尋ねられることがあります。雑誌などでは専門家の方が根拠を元にお話をされていて説得力がありますが、私のような立場ではどういう風にお話をしたらいいのでしょうか。
    質問されている方の状況や知識レベルによりますが、一番安心なのは食事摂取基準の成分表を一緒に見て、栄養素を確認して、そこに載っていない栄養素については「まだよくわかりませんね」と答えるのが一番だと思います。オリーブオイルについては、地中海料理がほかの食事に比べてよいと言われているので、専門家の中でもオリーブオイルがよいと思っている方も多いのは事実です。しかし、成分表を見るとオリーブオイルだけがよいというわけではありません。おそらく、地中海料理の研究が進んでいるために、浸透してしまったのではないでしょうか。
    (監物編集長)
  • 会場の様子(第3部)
  • Q 学校では学力が優先されてしまいます。食育について何をどういう風に伝えればいいのでしょうか。
    僕はバランスだと思います。程々の量をバランスよく食べることが重要。子どもは好きなものばかり食べてしまう傾向があるので、日曜日くらいはいいけれど、普段はいろいろなものを食べたほうがいいと教えるべきです。
    (眞鍋先生)

    『栄養と料理』は「食は命なり」というコンセプトを掲げています。これは食べ物が命をつなぐということです。食育というと、食を過剰に評価して食に振り回されてしまうことがあります。しかし、食が目的ではなく、食が整ってこそ子どもたちの夢が叶えられるという、幸せに生きるためのひとつのベースだと思っています。そのバランスをうまく伝えていければいいのではないでしょうか。
    (監物編集長)

    九州の生協で起こっている運動で、食の安全のバトンリレーをつなぐというものがあります。普段食べ物を当たり前のように食べていますが、生産者がいて、運ぶ人がいて、売る人がいて、買う人がいて、料理をする人がいて、食べる人がいる。それぞれがそれぞれの安全を守っているわけです。これが食育で一番大事なことだと思います。いくら生産者がきちんと安全な食品を作っていても、保存方法や調理方法が間違っていたら安全が損なわれてしまいます。そこは消費者の責任ですね。だから食べ物は大事に食べなければいけない。そこを子どもたちに伝えるのが食育なのではと思います。
    (松永先生)
  • 会場の様子(第3部)
まとめ
  • 現在の日本では、食の安全性は高いレベルで保たれています。政府による安全性を評価・管理する仕組みも整っています。しかし、テレビや新聞、雑誌、インターネットで流れる根拠のない情報に惑わされ、本質を見失いがちになることも増えています。情報を主体的に読み解く力、メディアリテラシーが必要です。今は各行政機関、自治体、企業、研究機関などのサイトで情報を得ることができます。

    また、ときには実際の現場を見学するなどして、自分自身で情報を精査することで、食の安全について学ぶ必要があります。食品は100%安全とは言い切れません。だからこそ、情報に惑わされず、いろいろな食品を適量摂取するといった指導を徹底して行っていくことが重要です。

    現在70億人と言われている世界の人口は、2050年には96億人に達すると予想されています。そのとき、世界中で充分な食料を確保するためには、農薬の存在は不可欠です。現在の農薬は、行政の厳しい審査を通過して登録されたもので、管理して使うことによって安全が守られます。農薬を管理して使用することで、安定した農作物が収穫できる状況を理解し、きちんと伝えていくことが重要です。また、ひとつのものを大量に食べるということはリスクを高める原因であるということを念頭に置き、バランスのよい食事を心がけてリスクを減らすという考え方を持つことも重要です。
  • まとめ
セミナーに参加して ~参加者の感想~
  • ・自然にある食品の中にも毒物は存在することが印象に残りました。量や食べ方の問題であるということが大変良く理解でき、農薬へのイメージが変わりました。
  • ・根拠に基づいた情報、化学的、生物学的、物理的リスク全体を下げていくことが印象に残りました。
  • ・消費者のイメージと事実がかけ離れていることを感じました。農薬の安全性の評価項目の多さは知らなかったので、聞けて良かったです。
  • ・農薬が生産者や品質を保つだけでなく、私達の健康を守るためのものでもあるということが印象に残りました。
  • ・今までは「できるだけ使わない方が良い」「蓄積するもの」だと思い込んでいましたが、現在では分解するものになっているということが分かりました。
  • ・今までは農薬は危険という認識だったので、本日のセミナーでイメージが良くなりました。
  • ・身体に良くないというイメージでしたが、先生のお話を伺ってイメージが変わり、正しい情報、知識を持つべきだと思いました。
  • ・国の取り決めとしてはADIなどしっかりしているものと考えていますが、実際にどのように使われているかまでの管理がどうされているかわからなかったので、管理制度があることを知ることができて良かったです。
  • ・何回か参加させていただいています。毎回、役に立つ話が聞けて満足しています。
  • ・必要だとは思いますが、使わない方が良いというイメージです。