農薬は本当に必要?

農薬に関する法律、指導要綱、社会的役割などについて

現在、数多くの種類の農薬が世の中にあります。更にこのうえ新しい農薬は必要とされているのでしょうか?また、どのような方向をめざして農薬を開発しているのですか。

つぎの8つの目標を想定して新しい農薬の開発をしています。

  1. 目的の効果があり、しかも少量で効くこと
  2. 高等動物に毒性の低いこと
  3. 標的外の生物に影響が少ないこと(選択性のあること)
  4. 環境への負荷が低いこと
  5. 残効性、残留性が適当であること
  6. 薬剤抵抗性がつきにくいこと
  7. 経済的であること
  8. 施用しやすいこと

これらの目標について、さらなる高見を目指して努力を続けることが我々企業の社会的使命と考えています。

消費者の方の中には、農薬は危険で、環境破壊の原因になっていると、過去のイメージのままで信じている方も少なからずおられます。しかしながら、新農薬の開発では、8つの条件を満たすことを目標とした研究が何十年も前から続けられています。そして、現在登録されている農薬は、1から8の条件に叶ったものが主流になっています。

化学農薬は1930年代に登場し、農業生産に大きな役割を果たしてきました。しかし、高い効果の反面、初期には残留性や蓄積性などの問題を抱えた薬剤があったことも事実です。これらの欠点を克服するために、人や環境に影響が少なく、安全性の高い農薬を目指して開発がすすめられました。現在使われている新しい農薬は、効果はもちろん安全性が高く、環境への負荷も少ない薬剤が主流となっています。今後も、この方向は変わりません。「理想の農薬」が備えるべき条件について、以下に説明を補足します。

  1. 「目的の効果があり、しかも少量で効くこと」。このうち、効果については言うまでもないことです。一方、農薬は化学物質を新たに環境に投入することになりますから、たとえ安全な物質であっても環境への負荷を考えれば、その量は少ないことが望ましいと言えます。つまり、少量で効くことです。
  2. 「高等動物に毒性が弱いこと」。標的の病害虫や雑草にだけ効果があり、人間や哺乳動物、鳥類等への影響が低く抑えられていることです。このため、農薬の作用メカニズムが標的の生物だけに効くもの、人間や動物が解毒しやすいことなどが要求され、現在使われている多くの農薬は適正に使用される限り、この条件を満たしています。
  3. 「選択性があること」。標的の生物には効力を発揮する反面、標的以外の生物にはまったく、あるいはほとんど影響がないことです。選択性は除草剤の場合には更に重要です。代表的な水田雑草のタイヌビエはイネ科の植物です。このように作物と雑草は同じ高等植物であることが多いので、選択性のない除草剤を使用した場合、雑草だけでなく作物をも同時に枯らしてしまう恐れがあります。ですから、雑草には効果を発揮しイネなど作物には影響のない薬剤の開発や使用方法の工夫が重要です。殺虫剤でも、ミツバチなど有用昆虫には影響がなく、害虫にのみに作用することが重要です。
  4. 「環境への負荷が低いこと」。農薬は医薬品と違い水田や畑など開放された環境で使用されます。このため、散布された農薬は大気中への飛散や水系への流出の恐れがあります。したがって飛散や流失の少ないことが必要です。もし、飛散や流出しても速やかに二酸化炭素や水など、自然界に普通に存在する物質に分解され、環境に影響を及ぼさないことが大切です。また、環境生物への影響が少ないことも必要です。
  5. 「残効性、残留性が適当であること」。農薬は散布されると日光や風雨にさらされ、また植物の体内で分解されていきます。もし、あまりにも分解が速いと効果のある時間が短く、何回も散布する必要があります。このため、かつては効果が長く続くこと、つまり残効性の長いことがメリットとして考えられていました。しかし、DDTやBHCなどにみられるように、あまりに安定で分解されにくい、つまり、残効性、残留性が高いことによる問題が出てきました。このため、現在では、効果が適当な期間持続し、その後は速やかに分解され残留の少ないことが条件になっています。

    また、残効性、残留性が低い薬剤の効果を持続させる製剤技術、たとえばマイクロカプセルなどの応用により、ゆっくり農薬が放出され効果が持続する徐放化技術が実用化されています。

  6. 「薬剤抵抗性がつきにくいこと」。同じ殺虫剤や殺菌剤を長い間続けて使っていると、対象の害虫や病気に効きにくくなることがあります。これを害虫や病原菌に抵抗性がつくといいます。雑草でも長い年月、同じ除草剤を使用すると抵抗性をもつ草種が出現します。このため、何種類かの薬剤を交替で使うなど、抵抗性がつきにくくなるような使い方の工夫が必要です。また、研究開発の段階から抵抗性のつきにくい薬剤をデザインすることや抵抗性をつきにくくする成分を添加するなどが必要です。
  7. 「経済的であること」。低価格の外国産農産物の攻勢の前に、日本農業は生産コストの引き下げを迫られています。このため、生産資材の一つとして、農薬も経済的であることが要求されています。
  8. 「施用しやすいこと」。農業人口の減少や高齢化に歯止めがかかっていません。そのため、農薬も田や畑に施用しやすいものでなければなりません。軽くてかさばらず、また、特別な機器を使わなくてもよいもの、あるいは散布回数が少なくて済む農薬の開発が進んでいます。現に、製剤技術の改良により軽くて少量で済むもの、容器から直接施用できるといった農薬が開発されています。
参考文献
*日本植物防疫協会『農薬概説』
*日本農薬学会『農薬とは何か』1996、日本植物防疫協会
*辻孝三「農薬製剤技術と環境調和」今日の農業(1999-10)
*千葉馨「安全防除と農薬の剤型」農薬春秋 No.60:45-50、1990、北興化学工業株式会社

(2017年4月)