農薬はどうして効くの?

農薬の種類や成分、製造方法、
農薬が効く科学的な仕組みなどについて

殺菌剤はなぜ効くのですか。

殺菌剤の効き方は薬剤によりさまざまです。たとえば、病原菌に対し直接作用して死滅させる薬剤、伝播や繁殖を抑え感染を抑える薬剤、作物の抵抗力を高め、病気にかかりにくくする薬剤があります。

植物の病気の多くは糸状菌(かび)や細菌(バクテリア)に感染して発病します。これらの病害を防除する薬剤が殺菌剤です。今日使われている殺菌剤は、①病原菌に対し直接殺菌性や静菌性を示す薬剤、②病原菌の感染に関与する機構を特異的に阻害する薬剤、③直接病原菌へは作用せず、作物に抵抗力を付与(誘導)させる薬剤に大別することができます。

病原菌に対し直接殺菌性や静菌性を示す薬剤の例

[菌体成分生合成系の阻害]生物の重要な生体成分には核酸、アミノ酸、タンパク質、脂質、ステロールおよび細胞壁成分である多糖類などがあり、これらの生合成が阻害されると、植物病原菌は正常な成長・増殖・形態形成および機能発現などを行うことができず、感染・発病・増殖・伝播が阻止されます。

例えば、核酸(DNAやRNA)の合成が阻害されると、遺伝子自体が減少し、遺伝情報に基づいて生合成されるタンパク質も作られなくなり、結果的に病原菌の増殖(細胞分裂)が抑制されます。

ご存知のようにタンパク質は、病原微生物にとっても生体の構成成分や体内の酵素の材料として重要です。タンパク質はアミノ酸が一定の順序でつながったものですが、アミノ酸の組成と順序を決定する情報の伝達を妨げて、タンパク質の生合成を阻害するタイプの殺菌剤があります。これがに抗いもち剤として実用化された農業用抗生物質(ブラストサイジンS、カスガマイシン等)です。また、アミノ酸であるメチオニンの生合成を阻害する薬剤も開発されています。

また、細菌や糸状菌の細胞膜は、リン脂質やエルゴステロールから成る二重の膜で、これに酵素などが組み込まれています。このリン脂質やエルゴステロールの合成を妨げて、細胞膜を変性させてしまう作用をもった殺菌剤がエルゴステロール生合成阻害剤(Ergosterol Biosynthesis Inhibitor:EBI剤)です。

さらに、細胞膜の外側には細胞壁があります。細胞壁はセルロース、キチン、ペプチドグルカンを主な成分にしており、一定の硬さを保ち細胞の形を維持しています。これら細胞壁成分の合成が阻害されると、細胞は破裂し死んでしまいます。このような効果をもつ薬剤で最も有名なものに医薬品のペニシリンがありますが、同様の作用をもった抗生物質が農業分野でも使われています。

[呼吸阻害(エネルギー代謝阻害)]呼吸は、狭義には酸素を取り込み炭酸ガスを吐き出す営みを示します。取り込んだ酸素は複雑な菌体内の仕組みで終局的には菌が摂取した糖などを酸化してエネルギーを得る過程、即ちエネルギー代謝全体を広義には呼吸と呼んでいます。このエネルギー獲得の過程を妨げ、殺菌作用を発揮する薬剤もあります。これらの薬剤は、病原菌の糖代謝や電子伝達系などの呼吸系を阻害します。

[増殖阻害(有糸分裂阻害)]細胞分裂は、生物の成長や世代の交代にかかわるあらゆる場面で必要な現象です。細胞分裂は、染色体のほぐれ、DNAの複製に引き続き、染色体の有糸分裂、細胞隔壁の形成などの一連の過程が進行することによって完成します。ベンゾイミダゾール系の薬剤は、β-チューブリンに結合して微小管の形成を妨げることで細胞分裂時紡錘糸の形成を抑制し、有糸分裂を阻害します。

病原菌の感染に関与する機構を特異的に阻害する薬剤の例

[メラニン生合成阻害]病原菌のなかには、植物に付着して植物体内に侵入するとき、いもち病菌のように植物体表面に形成した付着器から直接体内に細い菌糸を伸ばすものがあります。ところが、病原菌自身のメラニン色素の生合成が抑えられると菌糸は植物体内に侵入できません。したがって、メラニン色素生合成阻害剤には直接の殺菌作用はありませんが、感染を抑えることができます。メラニン色素生合成阻害剤は2つに大別でき、還元酵素阻害型(MBI-R)と脱水酵素阻害型(MBI-D)があります。

作物に抵抗力を誘導(付与)する薬剤

[作物における病害抵抗性誘導など]最近注目されているのは、病害抵抗性付与剤で、病原菌に直接作用するのではなく、植物自身の抵抗力を高めて病気にかかりにくくしたり、植物の表面に普通に見られる無害な微生物の力を借りて、病原菌の居場所を奪ったりして病気を抑えます。

参考文献
*日本植物防疫協会『農薬概説』
*松中昭一『農薬のおはなし』2000、日本規格協会
*日本農薬学会『農薬とは何か』1996、日本植物防疫協会
*上杉康彦『作物の病気を防ぐ薬の話』1995、日本植物防疫協会
*石井英夫「農薬が誘導する植物の全身抵抗性」今日の農業(1999-6)

(2022年9月)