農薬はカラダに悪い?

農薬が人に及ぼす影響や安全性などについて

化学物質過敏症の発症と農薬との間に何か関係はありますか。

化学物質過敏症の発症の原因は、環境に存在する種々の低濃度化学物質や不調を訴える方の心因的要因などが関与する可能性が報告されており、現時点で明らかに農薬が原因とされた事例はありません。

化学物質過敏症はその発生機序が未だ明らかにされておらず、治療方法も確立されておりません。症状を改善するには、原因と考えられる化学物質を遠ざける必要があると言われています。

そこで、住宅地等における農薬使用について(平成25年4月26日付け農林水産省消費・安全局長、環境省水・大気環境局長通知 25消安第175号、環水大土発第1304261号)において、1.公園、街路樹等における病害虫防除に当たっての遵守事項(7)、及び2住宅地周辺の農地における病害虫防除に当たっての遵守事項(5)として「農薬の散布に当たっては、事前に周辺住民に対して、農薬使用の目的、散布日時、使用農薬の種類及び農薬使用者等の連絡先を十分な時間的余裕をもって幅広く周知すること。その際、過去の相談等により、近辺に化学物質に敏感な人が居住していることを把握している場合には、十分配慮すること。」との注意喚起がなされています。

一般に、「化学物質過敏症」という言葉は、「極微量の化学物質に反応し、アレルギーとは異なる過敏状態が現れて、身体や精神に様々な不調が現れる状態」という意味で使われています。これまで報告されている「化学物質過敏症」については、症状や進行・回復速度、発症度合いも多種多様で、病気の定義自体についても意見が分かれており、診断方法の検証も十分進んではいません。

また、発症の原因についても、環境に存在する種々の低濃度化学物質(この中には農薬も含まれます)が関与する可能性や、不調を訴える方の心因的要因が関与する可能性などが報告されていますが、今日でも明らかになっていません。そのため、農薬が原因となっているかどうかについては現時点では報告された事例がありません。

化学物質が原因の病気には、これまで、中毒とアレルギー(免疫毒性)の2つのメカニズムがあると考えられてきましたが、これに対し、近年、微量化学物質暴露により、従来の毒性学の概念では説明不可能なメカニズムによって生じる健康障害が存在する可能性が主張されるようになりました。これが、いわゆる「化学物質過敏症」です。症状を引き起こすとされる化学物質が多岐に渡っており、構造や作用の面で互いに関連が無いものが幅広く含まれていることから、国際的には、「MCS(Multiple Chemical Sensitivity:多種化学物質過敏状態)」の名称が一般に使用されています。

「MCSの病態については、肯定派と否定派の間に論争が続いている状態ですが、米国のMCS研究者34名によりまとめられた見解では、定義は以下のようになっています。

  • 再現性を持って現れる症状を有する。
  • 慢性疾患である。
  • 微量の物質への暴露に反応を示す。
  • 原因物質の除去で改善又は治癒する。
  • 関連性のない多種類の化学物質に反応を示す。
  • 症状が多くの器官・臓器にわたっている。

日本でも、慢性的な症状に苦しめられ、MCSと診断された患者が大勢います。MCSでは、いったん発症すると、通常は無害と考えられる身の回りの化学物質にも反応するようになる場合が多く、通常の日常生活では検知できないような極微量の化学物質にも反応するようになると言われており、重症者では外出もままならなくなります。

しかしながら、MCSと診断された患者の協力を得て、環境省が実施した試験では、症状を引き起こすはずのホルムアルデヒドの曝露と、被験者の症状誘発との間に関連は見出せなかったとの結論となっています。MCSの研究結果をまとめた海外のレビューにおいても、患者が原因となる化学物質の有無を知覚(視覚・臭覚・眼の刺激等)で判断できない条件では、物質の有無と症状誘発の間に相関は明らかになっておらず、症状誘発の原因が「極微量の化学物質」であることが証明されていない状況です。このように、客観的に判断できる因果関係の欠如が、この病気の研究を難しくしています。なお、IPCS(International Programme on Chemical Safety:国際化学物質安全性計画)、ドイツ連邦厚生省等の主催で開催されたMCSに関する国際ワークショップ(1996年)では、MCSについて(1)既存の疾病概念では説明不可能な環境不耐性の患者の存在が確認される、(2)しかし、MCSという用語は因果関係の根拠なくして用いるべきではない、として、新たにIEI(Idiopathic Environmental Intolerances:本態性環境非寛容症)という概念が提唱されています。

MCSはシックハウス症候群と混同されることが多いのですが、これとは異なります。シックハウス症候群は、「住んでいる人の健康を維持するという観点で問題のある住宅」で発生する様々な健康障害を総合的に指し示す言葉です。主な症状には、眼・鼻・喉等の粘膜や皮膚の刺激症状や、全身倦怠感や頭痛・頭重などの不定愁訴が挙げられます。主な原因物質には、建材や内装材などから放散されるホルムアルデヒドや、トルエンをはじめとする揮発性有機化合物が挙げられますが、カビやダニが原因となることもあります。原因と考えられる、あるいは原因となる恐れがある化学物質については、「室内空気中化学物質の室内濃度指針値」が決められています。このように、シックハウス症候群では、MCSと比較して原因や症状が明確であり、類似症状を示す他の病気としっかり区別することで、的確に診断できると考えられます。

「化学物質過敏症」が電子カルテシステムや電子化診療報酬請求書(レセプト)で使われる病名リストに平成21年10月1日付で登録されることになり、これまで自己負担が原則だった「化学物質過敏症」の治療に健保が適用されることになりました。従来、厚生労働省は、「医学的に統一した見解が確立されていない」として健康保険の適用を認めていませんでしたが、現実に苦しんでいる患者の利益を優先させた処置と思われます。

参考文献
*「室内空気質健康影響研究会報告書:~シックハウス症候群に関する医学的知見の整理~」の公表について:厚生労働省ホームページ 報道発表資料(平成16年)
*社団法人日本皮膚科学会ホームページ:http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/02/h0227-1.html
シックハウス症候群とMCSに関する医学的知見を整理したものです。
*本態性多種化学物質過敏状態の調査研究報告書:環境省ホームページ 報道発表資料(平成16年):http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=4700
 MCSと診断された患者の協力で、ホルムアルデヒドの曝露と症状の発現との相関を調べた実験結果です。
*MULTIPLE CHEMICAL SENSITIVITIES(MCS): A SYSTEMATIC REVIEW OF PROVOCATION STUDIES Das-Munshi J, et al. JACI 2006; 118: 1257. 多種化学物質過敏状態に関しては様々な疫学的試験が行われています。これらを体系的にまとめたレビューです。

(2022年3月)