農薬はカラダに悪い?

農薬が人に及ぼす影響や安全性などについて

農薬は結局のところ毒なのだから、やはり危険ではないでしょうか。

食品を含むすべての物質が、私たちのカラダにとって無害か有害かは、摂取する量(暴露量)によって決まります。農薬はその使用量・使用方法を法規制で厳密に規定することにより、摂取量をコントロールすることによって安全性が確保されています。

農薬は「毒」であるかと議論する前に、毒性とはどういうものであるかを考えてみましょう。通常は安全である食品でも、ある量以上が一度、または長期的に反復して体内に入ると、生理・生体機能に障害を生じます。例えば、食塩を一度に大量に取れば身体に変調をきたします。食塩の急性経口毒性値(ラット、LD50値)は、体重1kg当り3gです。これは、体重50kgの人を考えた場合、150gの塩を服用すると、半分の人が死んでしまうことを意味します。一方、適量であれば食物の味を良くしたり、食物の保存性を高めることができます。

また、重要なことは化学構造の一部が変わるだけで、化学物質の毒性が大きく変わるということです。これは作用点や解毒酵素との結合のしやすさや反応の受けやすさなどの違いに起因します。現在、国内で登録されている農薬の有効成分(化学物質)は500種類以上ありますが、これらの有効成分の毒性はそれぞれ異なっています。農薬の中には毒性が強く取り扱いに十分な注意が必要なものもありますが、一方、殺虫剤、殺菌剤、除草剤などの区分を問わず食塩よりも毒性が弱い農薬もあります。ただし、例え毒性の弱い農薬を使う場合でも、安易に扱うことは好ましくありません。製品ラベルの記載事項をよく読み、けっして記載以外の使用はしないでください。

すべての物質にはリスクがある

農薬に限らず、すべての化学物質は生物に対し何らかの影響を及ぼします。その作用が生物にとってマイナスの場合に「毒性がある」といいます。また、「すべての物質は有害である。有害でない物質はなく、用量に依って毒であるか薬であるかがきまる」という、パラケルスス(1493-1541:中世、スイス出身の医師、化学者、錬金術師)の有名な言葉は現代の毒性学の基本になっています。つまり、前述の食塩の例が示すように、化学物質の危険性「リスク」は、「毒性」×「暴露量」の積により表現できます。

また、毒性症状(中毒症状)の発現は暴露される人間の解毒能力や健康状態によっても左右されます。例えば、疲れている時、体調の悪い時、飲酒時などは同じ暴露量でも危険性が高まり注意が必要になります。

食品・医薬品や天然物と農薬成分のLD50値の比較

毒性の強さを示す指標は、実験動物に、試験物質を投与(経口、経皮の場合)した試験を基に、投与した動物の半数を死なせる量を体重あたりの投与量(mg/kg)で示した「急性毒性半数致死量(LD50)」がよく使用されます。LD50値は毒性を示す用量なので、値が小さいほど毒性が強いことになります。下の表はさまざまな物質のLD50値です。私たちが日常接している物質でも、農薬より急性毒性の強い物質のあることが分かります。

各種化学物質の急性経口毒性(LD50値)

※スクロールにて全体をご確認いただけます。
  物 質 含まれる物質、用途 ラット(マウス)
LD50(mg/kg)
食 品 カプサイシン
カフェイン
ソラニン
ビタミンC
食塩
トウガラシ(辛味成分)
コーヒー、茶
じゃがいも(芽毒成分)
野菜、果物
調味料
60-75
174-192
450
11,900
3,000-3,500
医薬品 ジギタリス
コルヒチン
インドメタシン
モルヒネ
アスピリン
強心剤
消炎剤
消炎剤
鎮痛剤
解熱剤
0.4
1.7
12
120-250
400
天然毒素 ボツリヌス毒素
破傷風毒素
パリトキシン
テトロドトキシン
アマニチン
コブラ毒
アフラトキシン
ニコチン
デオキシニバレノール(DON)
食中毒原因細菌生成毒
破傷風細菌の生成する毒素
サンゴ毒
フグ毒
キノコ毒※
ヘビ毒
カビ毒
タバコ
カビ毒
0.00000032
0.0000017
0.000050
0.0085
0.3
0.5
7
24
マウス ♂70 ♀49.4
農 薬
パラチオン
クロルピリホス
アセフェート
ピレトリン
MEP(フェニトロチオン)
ブプロフェジン
イソプロチオラン
チオファネートメチル
グリホサート(酸)
殺虫剤(有機りん剤、登録失効)
殺虫剤(有機りん剤)
殺虫剤(有機りん剤)
殺虫剤(合成ピレスロイド剤)
殺虫剤(有機りん剤)
殺虫剤(昆虫成長制御剤)
殺菌剤
殺菌剤
除草剤
♂13 ♀3.6
♂163 ♀135
♂945 ♀866
♂747 ♀519
♂330 ♀800
♂2,198 ♀2,355
♂1,190 ♀1,340
♂7,500 ♀6,640
♂11,343 ♀10,537
その他
メタミドホス
メラミン
青酸カリ
殺虫剤(有機りん剤、未登録)
樹脂原料、接着剤、成形剤等
工業用途
7.5
3141
10

※アマニタトキシン群(タマゴテングタケ、ドクツルタケ)に代表されるキノコ類の毒

また、農薬も一般の化学物質(医薬品、医薬部外品を除く)と同様に、その毒性に応じて「毒物及び劇物取締法」によって「毒物」、「劇物」およびその他に区別され、前二者についてはその取扱いが規制されています。なお、「毒物」「劇物」に該当しない毒性の弱いものを、普通物と呼んでいます。

参考
*松中昭一『農薬のお話』2000、日本規格協会
*日本農薬学会『農薬とは何か』1996、日本植物防疫協会
*深海浩『変わりゆく農薬』1998、化学同人
*山崎幹夫『毒薬の誕生』1995、角川書店
*中西準子『環境リスク論』1995、岩波書店
*内閣府食品安全委員会『「食の安全ダイヤル」に寄せられた質問等Q&A』
https://www.fsc.go.jp/dial/dialqa20170608_3.html#a330
*厚生労働省資料『毒物劇物の判定基準』
https://www.nihs.go.jp/mhlw/chemical/doku/shingi/kijun.pdf

(2022年3月)