教職員向け

教育関係者セミナーレポート
「食と未来の教え方」

家庭科教職員対象セミナー 食育を科学的に考える(広島)

講座プログラム

開催日時

:2017年3月4日(土)13:30~16:20

第1部

:「食べることは生きること」

第2部

:「食の安全情報を読み解く」

参加者

:137名

今回の講師は、この方たち

  • 矢内 真由美 先生

    【パネリスト】
    NHK「きょうの料理」
    プロデューサー
    矢内 真由美 先生

  • 松永 和紀 先生

    【パネリスト】
    科学ジャーナリスト、
    「FOOCOM.NET」事務局
    松永 和紀 先生

  • 広島ガーデンパレス

    【会場】
    広島ガーデンパレス

【司会】 小谷 あゆみさん フリーアナウンサー、野菜ソムリエ

  • 第1部
  • 第2部
  • 質疑
    応答
  • 参加者
    の感想

第1部:「食べることは生きること」

(講師:矢内 真由美 先生)

NHK「きょうの料理」プロデューサー。北星学園大学卒業。十勝毎日新聞社を経てNHKエデュケーショナルへ入社。料理番組「きょうの料理」のプロデューサーとして25年目。2011年に企画制作したNHKハイビジョン特集「北海道 豆と開拓者たちの物語」でATP賞テレビグランプリのドキュメンタリー部門最優秀賞受賞。2012年に公開したドキュメンタリー映画『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』のプロデューサーも務めた。NHKの看板番組で活躍する矢内先生に、食べることの大切さについて講演していただきました。

「きょうの料理」60年。番組が伝えてきたこと

NHKの「きょうの料理」が、今年11月に放送から60年を迎えます。私はこの番組と向き合って25年目になります。「きょうの料理」は「のど自慢」「TV体操」と並び、NHKの3大長寿番組と言われています。第1回放送が1957年11月4日。これまでに扱ったレシピ数は4万以上、講師1700人以上、放送回数1万回以上、テキストは655号で4億冊を数えます。番組テーマは、「旬の食材を使い、幅広い世代の人々に受け入れられる、お惣菜を紹介すること。時代の半歩先をいくこと」です。60年これを実践してきました。この間に日本は変わりました。栄養欠陥の時代から、飽食の時代、料理離れ・健康思考の時代、今は外食・ヘルシー・男の料理がキーワード。女性の価値観も変化しました。かい摘んで振り返ると1950~70年代は高度経済成長期で、世界の家庭料理が流行し、レシピという言葉が定着しました。当初は5人前の料理を作っていましたが、2009年にレシピは2人前に。昨年ヒットしたのは、お一人様レシピです。1970~80年代は、飽食の時代のはじまり。衣食住が揃って、誰もが教養や文化を求めました。ウーマンリブの到来もあって、女性はなにをすべきか悩んでいた時期でもあります。1980~90年代はバブル真っ盛り。1億総健康時代に突入しました。一方で家庭内暴力や孤食が社会問題に。コンビニが登場したのもこの頃です。番組では、小林カツ代さんが「女性はみんな大変。がんばりましょう」と料理を通して伝え続けてくれました。バブルが崩壊後の1990~2000年代には、「料理の鉄人」が人気になり、食のエンターテイメント化が進みました。2000年代になると気候変動や天災などで不安が増大し、狂牛病や鳥インフルエンザなどのニュースも蔓延しました。食への不安が表面化する反動として、暮らしの見直しや家庭料理、手作り料理などへの回帰が起きます。

会場の様子(第1部)

NHKが伝えてきた食育

1980~90年代、孤食の問題が表面化したのをきっかけに2つの食育番組を作りました。1982年に制作したNHK特集「こどもたちの食卓~なぜひとりで食べるの~」。今から35年前の小学5、6年生に「きょうの朝食はどんな食事でしたか?」と取材しました。結果に、驚きでした。「今朝食べたもの インスタントラーメン。1人で食べた。待ち遠しくなかった」「朝食も1人で食べた。食べたもの マーガリンをつけたパン。つまらなかった」といった孤食の寂しさを訴える多数の回答が得られたのです。データを確認すると、子どもだけでの食事は朝食39%、夕食17%という結果でした。さらに1999年には、同じ趣旨のアンケートをベースにしたスペシャル番組「知っていますか 子どもたちの食卓」を放送しました。調査の結果は、1人で食事をする子どもは朝食47%と、8ポイント増えました。子どもたちだけの食事が、加速している現実が明らかになりました。1回目の番組に出演した小学生は今年47歳、2回目の小学生は29歳になっています。大人になった彼らはどんな考え方を持ち、どんな食生活をしているのでしょうか。子どもの頃の食体験が、アイデンティティーの形成に大きな影響を与えているのではないかと思います。

会場の様子(第1部)

食といのちを考える

食には移りゆくトレンドと同時に、変わらない価値観があります。2013年に、辰巳芳子さんの活動を追った「天のしずく」という映画をプロデュースさせていただきました。きっかけは「どんなに詳しくレシピを伝えても、食への思いは番組では伝わらない」というジレンマ。食べることを通して命の大切さを訴えていた辰巳さんを通して、大切なメッセージを伝えたかったからです。作品に込めたのは、「できるだけ美味しく作って喜ばせよう」と思う気持ちの大切さ。料理とは愛していることの表れです。愛することは生きること。つまり、いのちを支えるのは食だということをメッセージしました。辰巳さんとは、2010年に「85歳辰巳芳子“日々の料理を問う”という番組も作りました。1週間の食事を526人にアンケートしたドキュメンタリー番組です。そこで解ったのは、毎日3食、食べる人はわずか24.6%しかいないこと。収入があるのに食にこだわらない、どこか病んでしまった現代人の姿です。食の乱れは「孤食」「個食」「固食」「小食」「粉食」「濃食」の6つの「コショク」で表せます。グルメと味覚音痴が同居しているのが今の日本人です。大切なことは若い人のために①本物の味を体験する②自分でつくる③味覚を育てる 3つの機会を作ってあげることです。チャンスを与えてあげましょう。食育をちゃんとすれば、人は食卓にもどってきます。若い時に身につけた食生活は生涯の宝物になります。食べることを大切にすることは、いのちを大切にすること。60年前、第1回の「きょうの料理」のテーマは「食はいのちである」でした。私たちは60年をかけて、「元の位置」にもどってきたのかもしれません。

会場の様子(第1部)

第2部:「食の安全情報を読み解く」

(講師:松永 和紀 先生)

京都大学大学院農学研究科修士課程を修了。専門は食品の安全性や生産技術、環境影響など。新聞記者として10年間勤めたのち独立。2011年に科学的に適切な食情報を収集し提供する消費者団体「Food Communication Compass(略称FOOCOM)」を設立。主婦、母の視点を大切にしながら活動を広げる松永先生に、食の安全情報について講演していただきました。

食の安心とはどういう意味?

私が主催するFood Communication Compass(略称FOOCOM)は、科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体です。今はマスメディアもインターネットも含めて、間違った食の情報が氾濫しています。このような情報に惑わされないようにお手伝いすることが私たちの役目だと考えています。近年、問題になっていることの一つに、科学者が見ている食品の世界と一般の人が抱く食品のイメージに大きなギャップがあることです。この20年程で食品安全に関する研究は大きく進歩しました。食品のリスク研究者の目で見ると、食品は多様な物質、未知の物質、微生物などの塊です。一般の人が抱くクリーンなイメージとは程遠い存在なのです。もちろん炭水化物、脂質、たんぱく質などの栄養成分が大半を占めています。一方で、毒性物質や発がん物質、カビ毒なども含まれているのです。肉や魚は加熱調理で発がん物質が発生する、植物の栽培や貯蔵時にカビが付着して毒性物質を作る。どのような物質がどの程度の量含まれているのか、近年、詳しく分かってくるようになりました。食品の安全とはリスクゼロの意味ではありません。リスクが許容できる程度であれば安全という認識です。自然・天然・ナチュラルが安全で健康的というのはウソです。食品のリスクを決める2つの要素は「なに」を「どれだけ」食べるかです。【リスク=ハザード(有害性)×摂取量】という公式を、ぜひ憶えておいてください。

会場の様子(第2部)

残留農薬の基準値の意味とは?

食品に含まれるさまざまな物質の中で、農薬や食品添加物、抗生物質など、人為的に使われている物質は、非常に厳しい安全基準のもとで使用が認められているものです。たとえば農薬は、安全性評価の仕組みが確立されており、使用法も厳しく制限されています。生態系への影響調査も実施され、分解性の高い成分しか使用が認められていません。農薬を使うメリットはたくさんあります。農耕地は大面積に一種類を栽培するため、その作物を好む微生物や虫などが集まります。今の農薬には「選択毒性」という機能があり、それらの微生物や虫だけをピンポイントで防除します。農作物の安定生産にも大きく貢献しています。温暖多湿の日本では、病害虫が発生しやすく、農薬の存在価値がより大きいといえます。化学合成農薬を原則として使わない有機農業は、支持する人も多いですが、必ずしも安全とは言えません。そもそも、化学合成農薬が残留していても、残留基準以下であれば安全は確保されているわけですし、有機農産物の方がカビ毒が多かったという研究結果もあります。害虫などに強いストレスを受けて、作物自身が身を守るために毒性物質を作っている可能性がある、という指摘もあります。また、地球規模で考えると同量の収穫を得るためには、より広大な面積を必要とするため環境への影響が大きくなる場合もあります。

会場の様子(第2部)

氾濫する間違った情報をどう区別するか?

食品を作るとき、食べるときは3つのリスクがあります。1つは化学的リスク。食品添加物、農薬、天然の有害物質などで、農薬や食品添加物の問題は1960年代、70年代にクローズアップされました。2つ目が生物学的リスクで、病原性微生物やウィルスなど。3つ目は物理的リスクで、窒息、異物、放射性物質などです。私が考える食のリスクのトップは「偏食・過食・運動不足・不規則な生活」です。安全を守るというのは要するに健康に生きたい、ということで、私は安全と健康は切り離せないと思っています。そして、食品の一つ一つのリスクよりも食べ方の問題の方が実は、影響ははるかに大きいのです。糖尿病や高血圧疾患などの生活習慣病のリスクが誘引されています。次に危険なのが食中毒です。細菌、ウィルスが原因の患者数は年間2~3万人ですが統計上漏れるケースが多く、実際は数百万人と推測されます。これらに比べると今の残留農薬や食品添加物、遺伝子組み換え食品などのリスクは無視できる範囲です。残留農薬、食品添加物などは普段の食生活で気にすることはありません。食のリスクを避けるには、どうバランスよく食べるかが一番大切です。それを阻害しているのが、間違ったマスメディアの情報です。マスメディアは発生確率に関係なく、目新しい面白い話を流す傾向が強く、二元論など内容を単純化したがります。食のリスクの問題は単純ではありません。自ら考える姿勢を持ち、間違った報道に惑わされないことが大切です。厚生労働省や農林水産省がウェブで公開している「食のバランスガイド」をチェックしてみてください。1日に「何を」「どれだけ」食べれば良いかを示した貴重な情報です。先生がしっかり咀嚼した上で、子供たちや親御さんへ伝えてあげましょう。

会場の様子(第2部)

こんな質問がありました。

Q矢内先生、「グルメと味覚音痴が同居」という意味をもう少し解説してください。松永先生、添加物の甘味料は問題ないとのことなのですが、それを本当に言い切ってもいいのでしょうか。

A

質疑応答の様子

これは私が抱いた感想でもあるのですが。レストランで食べているのは「ネットで人気のレストラン」という情報を食べているわけです。一方でコンビニの食材は、味が濃くて、スタミナがつくもので、今エネルギーとして必要だから食べているわけです。どっちがいいとかじゃなくて、その2つが1人の中に同居しているのが今の若者像ではないかと思います。それを理解してやっているのならいいのですが、わからずにやっているのならちょっと不安が残ります。
(矢内先生)

添加物の甘味料は、毒性リスクはもちろん、食べてからどう代謝されるかも管理されています。ずっと摂り続けていると溜まるということも考えられません。動物実験しかやっていないというご指摘もありますが、そう言っていると、食品だけでなく医薬品も使えません。そこで人の英知を傾けて動物実験でわかるところは確認し、できないところは細胞実験で影響を見たり、コンピュータのシミュレーションなどで安全性を確認しています。これは世界基準の考え方です。私は心配ないと判断しています。また、甘味料自体が問題ではなくて、甘味料を用いた清涼飲料水を大量に飲むような若い人たちの食生活の変化が問題という視点も必要だと思います。
(松永先生)

Q食の安心、安全はセットで使われますが、安全を叫んでも安心につながらないと意味がありません。安全と安心の橋渡しをする、よい手立てはないですか?

A

質疑応答の様子

一つはコミュニケーションではないかと思いますね。内容がうまく伝わってないときは、言葉でちゃんと話していないことが往々にあります。同じオフィスにいても、メールで用を済ませる人が多くなっています。原始的ですが、コミュニケーションが一番の橋渡しになるのではないでしょうか。しっかり話せば、1つの情報が10にも、20にもなっていきます。コミュニケーションを密にとって情報を共有することで、安全が安心につながっていくと思います。
(矢内先生)

科学的な情報はどうしても難しいです。聞く人がちゃんと腑に落ちているかというと、そうなっていないことがあります。単に微生物は危ない、ではなくて、こういうときはこうしないと危険です、と具体的に説明することが大事だと思います。一人ひとりの疑問にちゃんと答えてあげること。矢内先生がおっしゃるように、お互いが信頼を得られる、面と向かったコミュニケーションが今後ますます大切になってくると思います。
(松永先生)

Q4月から「きょうの料理」のスタジオセットが北欧スタイルに変わるそうですが、何を意図しているのですか?

A

質疑応答の様子

それは「ナチュラル」です。シンプルで、ゴテゴテしない、居心地のいい空間。背伸びしない、半歩だけ前をいく、空気がよく通るセットを目指しました。その答えが「北欧スタイル」なのです。4月から番組の装いが新しくなりますので、そのあたりも楽しみに見ていただければと思います。
(矢内先生)

Q塩分の摂りすぎが気になるのですが、どう考えればいいでしょうか?

A

日本人は1日平均10gの塩分を摂取すると言われますが、正確に調べると男性で1日14g、女性で11gです。WHO(世界保健機関)の目標値は1日5g。ものすごい乖離があります。厚生労働省の食事摂取基準だと男性が8g、女性が7gの設定です。これは5gだとハードルが高すぎるからです。日本人にとっては難しい問題です。和食に塩分が多いのは事実ですが、醤油だけでなくマヨネーズやドレッシングにも塩分は含まれています。今の子どもの食生活を考えると結構心配です。食生活にあった減塩を、地道に指導していくほかありません。皆さん方の知恵をぜひ発揮してもらいたいと考えています。
(松永先生)

参加者の感想

「食べることは生きること」の講演内容は、私たちが普段行っている親子食育・地域食育で活用できると思いました。

マスメディアの情報を鵜呑みにするのではなく、食の情報を見極めることが必要だと思いました。

現在使われている農薬は国の厳しいルールのもとで使われていることが分かり、安心しました。

情報に踊らされたり一喜一憂するのは、みんな長生きしたいからです。大切なのは多様性を受け入れ、コミュニケーションをはかることだと学びました。

目から鱗がとれました。

マンネリ化しがちな自分の知識に刺激をいただきました。次回は味覚教育に関するテーマを希望します。

農薬が害だという思い込みが違っていたことを学びました。

幅広い知識を得てバランス良く食べることの大切さを実感しました。

若い時に身に付けた食生活が生涯の宝物になることが分かりました。生徒にしっかり調理を教えていきたいと思いました。

とても刺激を受けました。これからも常に学び続けなければならないと感じました。