農薬情報局 教職員向け

教育関係者セミナーレポート

食と未来の教え方

食に関する今と未来を子どもたちに教える教育関係者向けのセミナーから、
授業のヒントや教育関係者として知っておきたい内容をピックアップしてお届けします。

小・中学校家庭科(食育担当)教職員対象セミナー
食育を科学的に考える(大阪)

2015年7月28日(火)

今回の講師は、この方たち
 
  • 【パネリスト】
    佐々木 敏 先生
    東京大学大学院医学系研究科
    公共健康医学専攻
    社会予防疫学分野教授、医学博士
    佐々木 敏 先生
  • 【パネリスト】
    小島 正美 先生
    毎日新聞東京本社
    生活報道部編集委員
    小島 正美 先生
  •  
     
  • 【会場】
    毎日新聞大阪本社B1 オーバルホール
    毎日新聞大阪本社B1
    オーバルホール

【司会】 フリーアナウンサー・栄養士 茂野えり子さん

講座プログラム
  • 第1部講演:「栄養健康情報の読み解き方」
  • 第2部講演:「リスク情報の読み解き方」
  • ・開催日時:2015年7月28日(火)13:30~16:20
  • ・参加者:182名
第1部 栄養健康情報の読み解き方

講師:佐々木 敏 先生

東京大学大学院で教鞭をふるう傍ら、女子栄養大学など多数の大学で客員教授・非常勤講師を務める佐々木先生。栄養と健康を科学的に捉える「栄養疫学」の第一人者に、栄養健康情報の読み解き方をご教示いただきました。

  • 料理ではなく、栄養素で教える
    体は栄養素でできています。野菜やお米などの食べ物ではできていません。ところがカルシウムやビタミンなどの栄養素は目に見えないので、どうしても食べ物をもとに健康を考えてしまいがちです。今日集まっていただいた先生方は、見えない栄養素が見える人たちです。この料理にはアレとコレの栄養素が入っている、と分析できる専門家です。食と健康を考えるとき、最も大切なのは、食べ物ではなく栄養素をベースに考えること。つまり子どもたちに「料理で教える」のではなく「栄養素で教える」を実践してほしいのです。今、問題になっている《1食品1栄養素主義》をご存知ですね。これは◯◯には◯◯が入っている、という一元的な情報で、消費者を惑わせる元凶になっています。例えばカルシウムは大豆、牛乳、お魚、緑黄野菜にも入っています。どの食材から摂ってもカルシウムです。食品成分表にもそう表記してあります。ある特定の食品だけを強く薦めるのは良いことではありません。それをしっかり理解した上で、栄養素のレベルで子どもたちを教育してください。そうすることで、ひとつのものに捉われず、落ち着いて、自分で栄養情報を見分けられる子どもが育つと思います。
  • 会場の様子(第1部)
  • 食育で大切なのは、予防の教育
    食育の授業では、急性反応対策と慢性反応対策は分けて教えてください。子どもが混乱するからです。急性反応にはアレルギーやインフルエンザなどがあります。慢性反応には高血圧やがんなどがあります。子どもにとって病気は痛いものですから、どうしても痛みを伴う急性反応対策が重視され、慢性反応対策は軽視されがちです。ところが痛みと病気は関係しない場合も多く、むしろ深刻な病気ほど痛みを伴いません。塩分の摂りすぎによる高血圧は典型的な慢性反応で、根本原因は子どものときの食べ方にあります。一方治療には、根治療法と対症療法があります。根治療法は病気の原因を取り去り、対症療法は症状だけを取り去ります。先生方に力を入れてほしいのは、この根治療法のベースとなる「予防」の教育です。これが仕事のメインだと私は思います。「家に帰ったら手を洗いましょう」・・・子どもに教えたい核心は、どう洗うかではなくて、なぜ手を洗わなければならないか。子どもが納得できるように噛み砕いて伝えてださい。先生方の仕事は、病気の原因をわかりやすく説き、それに対処する方法を教えて、病気をできるだけ遠ざけること。よい生活習慣を授けることに他なりません。それを実践することで、子どもたちが中年になる30年先に、大きな成果がでる、とても価値ある仕事だと思います。
  • 会場の様子(第1部)
  • 小・中学生から、減塩を習慣づけよう
    2011年に国際連合の学識者会議が、「世界が行うべき生活習慣病対策ランキング」を発表しました。1番はタバコの規制、2番目が減塩です。さらに興味深いデータがあります。アメリカ人が3g/日だけ減塩すると約4%死亡率が低下する、そして1日1gの減塩が2010年から10年間徐々に達成されるだけで全高血圧患者への投薬よりも効果が大きい、と報告されたのです。1gといえば食パン1枚の食塩量。これだけで巨額な医療費が削減できるのです。アメリカはこれを契機に「医療」から「食育」へ政策の舵を大きく切りました。ところで皆さんは、血圧が60歳くらいから上がると考えていませんか?日本人の血圧は35歳から一直線的に上がります。1歳半のときの塩分摂取量が8歳児の血圧に影響を与えるという研究もあります。高血圧の根本原因は子どもの時の食べ方にありますから、高血圧対策は早ければ早いほどいいのです。35歳から食塩を毎日7グラム摂る人と14グラム摂る人を比較すると、65歳時点で血圧年齢に13歳の差ができます。「—5歳肌」ではなくて「−13歳血圧」です(笑)。大切なのは40年間、自然に薄味で美味しく食べる習慣を身につけること。それを始めるのは大学生では遅過ぎる、先生方の教え子、小・中学生から始めることが大事なのです。
  • 会場の様子(第1部)
第2部 リスク情報の読み解き方

講師:小島 正美 先生

毎日新聞東京本社生活報道部編集委員として主に食の安全や健康・医療問題を担当。内閣府食育推進会議委員、東京都食品安全審議会委員なども務める小島先生に、農薬や食品添加物に関するリスク情報との向き合い方についてお話いただきました。

  • メディアには偏りがある
    今年の6月、A新聞が「米国は2018年から食品添加物のトランス脂肪酸を禁止すると発表」の記事を掲載しました。大手通信社も同様の記事を配信。さらにB週刊誌は「トランス脂肪酸は恐怖の物質」という記事を特集しました。しかし実際には、情報元であるアメリカ食品医薬品局は「今まで食品添加物に与えられる安全基準合格証の対象だったトランス脂肪酸は、2018年から対象外となり、それ以降は食品添加物の扱いになる」という、いずれの報道とも異なる内容を発表していたのです。数年前にC新聞に掲載された「農薬でミツバチ群れが崩壊」の記事にも問題がありました。タイトルから分かるように内容は農薬の危険性を指摘するものでしたが、その後、専門誌が発表した記事によって、専門家が調査したところミツバチに与えた農薬量が動物の半分が死んでしまう量の約3倍であったこと、本来はミツバチへの毒性を見る実験ではなかったことが判明。記者が実験の背景の精査を怠って執筆したことが、間違った記事の原因とわかりました。このようにメディアが誤報することは皆無ではありません。メディア報道を裏づける「メディアのメディア」を担う機関が、これから必要になるのではないかと考えています。
  • 会場の様子(第2部)
  • 食品添加物は安全か?
    「食品添加物は安全ですか?」とよく質問されますが、「適正な使用基準を守っていれば安全です」と答えています。食品のリスクを判断する時、専門家は「ハザード」と「摂取量」で考えます。ハザードとは「潜在的な危険」の意味です。食品添加物や残留農薬は潜在的な危険がありますが、摂取量を守り適正に管理すれば、リスクはほとんどありません。しかし報道の際には、ハザードの部分だけが強調されやすく、過度に人を脅かす内容になることが少なくありません。リスクの大きさは「ハザード」×「摂取量」で決まります。つまり摂取量の管理次第でリスクは大きく変わるのです。ところで無添加食品は安全だと思いますか? 一般的に安全と考える人が多いようですが、開封後、細菌が急速に増えて食中毒になる可能性が高まる、と指摘する専門家もいます。健康に影響がない程度の添加物の使用は、食中毒を防止し、食品ロスの削減につながります。「食品添加物=悪い」と思い込むと、自分の眼鏡に合った情報ばかり追い求めてしまいがちです。そういう偏りに陥りやすいことを自覚した上で、日々の教育を実践していただければと思います。
  • 会場の様子(第2部)
  • 信頼できる情報の見分け方
    新聞はときに記者の理解不足や勇み足によって、間違った報道をすることがあります。週刊誌は危機感を煽る大げさな表現によって部数を伸ばそうとする傾向があります。広告スポンサーのバイアスによって、正しい情報が伝わらないケースも考えられます。どのメディアを信じるかは大変むずかしい問題です。メディアの特性を把握した上で、情報を慎重に咀嚼(そしゃく)する必要があります。また個人の体験談やテレビに登場する人気学者の発言は、記事としては成立しやすい反面、信頼度が乏しい情報です。信頼できる情報を見分けるためには、同分野の複数の専門家による評価や検証をチェックした上で、科学誌に掲載されている論文、学会の総意といえるガイドライン情報を確認することをお勧めします。とかくニュースは、インパクトを重視しがちです。科学的な話よりおもしろい話、統計的な全体像よりも例外的な話、多数の安心よりも少数の不安を取り上げるものです。メディアの報道には、さまざまな側面があることを認識した上で、正しい情報を得るための努力を怠らないことが大切ではないでしょうか。
  • 会場の様子(第2部)
家庭科教職員の方々の関心は? ~質疑応答~

保護者の間違った知識を、正しく導く方法は?

知識の量だと思います。保護者が100人いれば100の意見がある。1人で対応するには100倍の知識が必要になります。そのためには基本知識を習得し、自分で咀嚼する応用力を身につけること。これによって多くの引出しが持てます。あとは専門知識をわかりやすく翻訳するコミュニケーション力です。
(佐々木先生)
質疑応答の様子
人は誰でも、自分の価値観にあった情報を集めたがるものです。教育者として肝心なことは、偏見に陥らずに、さまざまな意見をニュートラルな立場で収集し、分析することです。いつでも状況を冷静に俯瞰(ふかん)できることが、優れた指導者の条件ではないでしょうか。
(小島先生)

三角食べは正しい? 野菜は先に食べるべき?

三角食べについては日本の食文化が影響しており、健康面での影響はないと思います。栄養バランスを考えた給食を、残さず均等に食べるための行動としては理にかなっています。野菜を先に食べると良いという説は、少し不自然です。ある病気を抱えた患者の食事療法が、特定の条件をはずして、みんなに当てはまると思われているだけではないでしょうか。
(佐々木先生)
質疑応答の様子
野菜を先に食べるのは悪いことではないと思います。しかし問題は、誰が最初にそれを言い出したか。野菜を売りたい企業のPR的な要素が、裏にあるのではないかと思います。一般の人にはわかりづらいので、大変むずかしいところだと思っています。私自身は野菜を先に食べても、あとで食べても健康面で大きな差はないと思いますので、別段、気にすることはないと考えます。
(小島先生)

子どもに1日20gの砂糖を与える根拠は?

25gの砂糖が入った飲み物(100kcal)とカロリーフリーの飲み物、それぞれを1年半飲み続けた子どもの体重を比較したところ、砂糖入りの飲み物を飲んだ子どもは1kg増えていました。さまざまな研究結果がありますが、肥満予防という観点で見ると1日100kcalくらいが妥当。それ以上摂取すると体重増加につながる可能性があります。ご質問の回答としては、1日20g以下に抑えるのがベストといえます。
(佐々木先生)
質疑応答の様子
まとめ
  • 新聞、雑誌やテレビなど従来のメディアに加え、インターネットからも膨大な量の情報が入ってくる時代です。受け取った情報を鵜呑みにすることなく、どのメディアを信じるか、どの専門家や記者の報道が正しいかを意識することが大切です。さらに行政機関や研究機関が発信している専門的な情報を参考にすること、実際に現場を見ることで、全体像が把握でき、思い込みによる誤った認識を減らすことができます。食の安全やリスクについても、さまざまな情報が飛び交っています。リスクはハザート×摂取量であることを理解し、自分自身で情報を精査する努力を怠らないことが必要です。

    食育で大切なのは「食品で教える」ではなく「栄養素で教える」ことです。それによって1食品1栄養素主義などに惑わされない、自分で栄養バランスを考えられる子どもが育ちます。アメリカで食育が推進されたのは、減塩によって生活習慣病が大きく改善できることが実証されたから。日本の研究でも35歳から食塩を毎日7グラム食べる人と、14グラム食べる人を比較したデータによると、65歳時に血圧年齢に13歳の差ができると確認されています。高血圧の根本の原因は、子どもの時の食べ方にあります。大切なのは30年、40年、自然に薄味で美味しく食べる習慣を身につけること。その教育を担うのは、小・中学生を教える先生方です。
  • まとめ
セミナーに参加して ~参加者の感想~
  • ・生活習慣病の話の中心に塩と脂肪についての内容を取り入れようと思います。
  • ・専門家が出ているものにもメディアの出し方で間違った情報がこれほど多いことに驚きました。
  • ・トランス脂肪酸はバターにも入っているというのが印象に残りました。
  • ・ハザードとリスクは違うこと、報道の信頼性の確認が必要という話が印象に残りました。
  • ・若い時の食生活が高齢者の健康と何故関わるかを認識できました。また適確な情報処理能力を高めることの大切さを改めて痛感しました。
  • ・私たちの目によく触れているデータには信頼出来るものの方が少ないかもしれないと感じました。また細かいところに拘らず、大きく捕らえることも大切なのだと分かりました。
  • ・人体に影響しない程度の農薬は必要だと思います。
  • ・農薬は、絶対悪ではなく、必要なもの、注意すべきは使用する人の知識、使い方だと思っています。
  • ・使わなくて済むなら使いたくないです。農薬に関する正しい知識が要ります。
  • ・農薬も食品添加物も使い方次第だと思います。