農薬情報局 教職員向け

教育関係者セミナーレポート

食と未来の教え方

食に関する今と未来を子どもたちに教える教育関係者向けのセミナーから、
授業のヒントや教育関係者として知っておきたい内容をピックアップしてお届けします。

家庭科教職員対象セミナー
食育を科学的に考える(大阪)

2014年7月31日(木)

今回の講師は、この方たち
 
  • 【パネリスト】
    杉山 久仁子 先生
    横浜国立大学
    教育人間科学部教授
    農学博士
    杉山 久仁子 先生
  • 【パネリスト】
    松永 和紀 先生
    科学ライター・
    「FOOCOM.NET」編集長
    松永 和紀 先生
  •  
     
  • 【会場】
    毎日新聞大阪本社B1 オーバルホール
    毎日新聞大阪本社B1
    オーバルホール

【司会】 フリーアナウンサー 野菜ソムリエ 小谷 あゆみ さん

講座プログラム
  • 第1部講演:「食育における家庭科の役割」
  • 第2部講演:「食の安全情報を読み解く」
  • ・開催日時:2014年7月31日(木) 13:30~16:40
  • ・参加者:236名
第1部 食育における家庭科の役割

講師:杉山 久仁子 先生

食生活学と調理科学の専門家であり小学校および中学校技術・家庭の教員養成に取り組んでおられる杉山教授。小学校や中学校での教育現場の視点から、食育における家庭科教育の役割について解説していただきました。

  • 学校教育における食育に求められるもの
    学校における食育の推進に必要なことは、まず、児童・生徒の現状を把握することです。健康状態に加え、朝食の欠食率や、食事を何時にどのような環境で食べているのかなど、食生活の状況を先生が把握した上で、食育の進め方を考えることが大事です。次に、食生活における改善目標を立てます。現状が把握できていれば、課題も見えてくるはずです。そして、課題をどう改善していくのかを具体的な方法(取り組み)を考えてみてください。その時に大事なのは生活全体の見直しをすること。例えば、朝食は毎日きちんと食べた方がよいということは誰でも知っていますが、実践できないと意味がありません。朝食を食べられない理由は何なのか、朝食を食べられないとしたら、何を変えればいいのか、そういった視点で生活全体を見直すことが必要です。具体的な取り組みのためには、家庭や地域との連携や、無理のないステップで実践していくことが大切になります。なお、食に関する指導内容は広範囲に及ぶことから、食育は学校の教育活動全体で取り組むことが重要であり、教職員全員が食育の必要性を理解し、各学校で作成されている食に関する全体計画を確認しながら実施することが必要になります。
  • 会場の様子(第1部)
  • 食育における家庭科の役割
    学習指導要領(平成20年)には、「食に関する指導については、家庭科(技術・家庭科)の特質に応じて食育の充実に資するよう配慮すること」と書かれています。食に関する指導内容が明確に学習指導要領に示され、教科として全ての児童・生徒の学習が保障されているのは家庭科だけです。また、小学校5年生から中学校・高等学校まで発達の段階を踏まえて、食に関する指導の内容が系統的・継続的に設定されており、指導内容が明確で教科書など適切な教材を使った学習を行うことができます。家庭科における食物の学習は、「何を食べればよいのか」という栄養、食物の選択、献立などに関わる内容と、「どのようにして食べるのか」という調理や食事環境に関わる内容で構成されています。家庭科での食に関する指導が、給食指導と異なる点は、家庭生活の中で食生活を総合的に捉えるという点です。家族の一員として食生活のあり方を考え、さらに消費者教育的な観点、環境教育的な観点も加わります。自分の健康を維持するための食べ方を考えるだけではなく、例えば、食料自給率40%と低く輸入によって食料を賄っている状況の中で、日本では多量の食品が廃棄されていることなど、様々な視点で食について児童・生徒に考えさせることも大事だと思います。
  • 会場の様子(第1部)
  • 家庭科の学習のポイント ~調理実習を例に~
    家庭科における課題として、学習したことが家庭における実践に結びついていないと言われます。その原因として考えられることはいくつかあります。ひとつは、調理を学ぶ意味を理解することが難しいという点です。小学校家庭科では、鍋でご飯を炊き、みそ汁では煮干しでだしをとります。何のために鍋でご飯を炊くのか、炊飯器を使うことの多い日常生活に何を生かすのか。粉末の風味調味料などを使う家庭が増えている現状において、食材からだしをとるのはなぜか。教員はその理由をきちんと理解して授業を立案しなくてはなりません。もうひとつは、数少ない調理実習から、異なる食材を使った調理を考えることができるような工夫がされていないという点です。例えば、ゆでるがテーマの授業。野菜の場合、硬いものをやわらかくして食べやすくすることがゆでることの目的ですが、大切なことは適度な硬さに上手にゆでることができるようになることです。教科書にはブロッコリーのゆで時間として「約3分」と書かれていても、食べる人によって「適度な硬さ」は異なります。食材に応じたゆで方がわかり、適度な硬さのゆで終わりを決める方法を理解することが重要です。私が調理実習の時に必ずお願いしていることは、児童・生徒に必ず竹串を持たせ、硬さの変化を確認させ、自分でゆで終わりを決めさせること、さらに実際にゆでた食品を食べ、自分が竹串を刺したときの感覚と食べたときの感覚を体感させることです。このようなちょっとした工夫で、実習では扱わない食材についても調理する方法を考えることができるようになるのです。
  • 会場の様子(第1部)
第2部 食の安全情報を読み解く

講師:松永 和紀 先生

大学と大学院修士課程で農学を専攻した後、新聞記者に。10年間勤めた後、さらに専門性を深めるために科学ライターへ転身。ひとりの主婦、母としての視点も大切にしながら活躍する松永先生に、食の安全情報についてお話いただきました。

  • 食のリスク
    科学的に食品の研究を行っている専門家の食品に対するイメージと、みなさんのイメージとは大きく異なります。専門家たちにとって食品とは、もともとリスクに繋がるものが含まれている「グレーな存在」。自然の発がん物質や毒性物質が含まれています。農薬や食品添加物を除去することでリスクがゼロになる、といった単純なものではないと捉えています。
    食の安全を考える上では「何をどれだけの量で食べるか」という摂取する量が非常に重要と考えています。どのような物質にも致死量があります。塩や砂糖も一時で大量に摂取すると死に至ってしまいます。しかし適量であれば問題ありません。
    量の大小によって体への影響の大きさは異なり、自然の発がん物質や毒性物質も「含まれているけれども微量なので体への影響は無視できるほど小さい」という場合が多いのです。農薬とか食品添加物についても同じことが言えます。農薬は作物の効率的生産や安定供給に大きく貢献しており、残留量も体への影響を及ぼさないようコントロールされています。ところが、未だに農薬に負のイメージを持つ方がいます。今では急性毒性の強い農薬はほとんどなくなりました。リンゴやモモなどの農作物は農薬を使って病害虫から守らないとほとんど収穫できないのが現状です。また、非常に毒性が高いカビ毒などの発生も農薬によって防いでいて、食の安全を確保しています。
  • 会場の様子(第2部)
  • 安全を守るための評価と管理
    食の安全に関して、私個人のリスクランキングを紹介しましょう。最もリスクが高いと思うのは、偏食、過食、運動不足、不規則な生活です。意外な答えかもしれませんが、これによって糖尿病247万人、高血圧性疾患781万人(平成21年度版厚生労働省労働白書より)など、高い生活習慣病のリスクを誘発しているのです。バランスよく適切な量を食べることがいかに大事かということです。その次にリスクが高いと思われるのが食中毒です。平成24年度の厚生労働省のデータでは、細菌、ウィルスが原因の患者数は24,601人ですが、家で発症するケースは届け出がほとんどないと考えられますから、統計数字の250倍の患者が発生していると言われています。それらに比べると残留農薬や食品添加物、遺伝子組み換え食品などの食のリスクはとても小さく無視できると考えられます。普通の主婦感覚でいうと神経質になりがちですが、統計などのデータから客観的に判断すると、これらは非常に小さなリスクであることがわかります。
  • 会場の様子(第2部)
  • なぜ、リスク情報はゆがんでしまうのか
    なぜリスク情報はゆがんでしまうのでしょうか。人は脳のメカニズム上、リスクの大きさを現実そのままに把握できないとされています。必ず認知にズレが生じてしまう。これは二重過程論と言われており、経験的システムと分析的システムの2つの脳の働きが同時に起こり、この過程でどうしても現実の把握がゆがんでしまうのです。経験的システムとは、感情的で連想により直感的な対象評価を行います。またイメージやたとえ話、物語などにより事態を把握しようとします。一方、分析的システムとは、理性的で論理に基づいた意識的な対象評価を行います。また抽象的なシンボルや言語、数字、統計量により事態を把握しようとします。人は大きなリスクを前にしたとき、イメージ的に現実を捉えがちになり、判断がゆがんでしまうことが多々あるのです。このあたりのことを考慮して食の安全について語らなくてはなりません。余談ですが、日本人は、食の「安心」「安全」と2つの単語を並列に並べますが、安心は心情的な単語であり、安全は科学的な単語です。これを1つにして話をするのは危険です。
  • 会場の様子(第2部)
  • 食の安全に求められるメディアリテラシー
    日本は食の報道に関してマスメディアの問題点が多いと思います。専門記者が少なく、調査が行き届かないまま報道しているケースがあります。例えば農薬ですが、昔は確かに毒性の強い農薬が使用されていました。その時の報道の印象は消費者の中に根強く残っています。しかしこの教訓から農薬の制度や基準はどんどん厳しくなり、いまでは毒性の強いものは激減しました。ところがそういう大切なことがメディアから伝わってきません。マスメディアは情報を売るビジネスだから、売れる情報を大きく扱いがちです。視聴率や販売部数に流されてしまい、本当に大切なことが伝わりません。今日、集まっていただいた先生方には、特定の誰かだけが都合のいい情報が発信されるメディア・バイアスに負けないでいただきたい。メディアリテラシー、つまり科学の読み書きそろばん力をつけていただくことが大事ではないかと思います。ただこのメディアリテラシーというのは、一般の人が情報の質を自分で調べて判断するというのですからハードルが高くなります。まずは正確な情報を集める習慣を身につけていただき、先生がメディアリテラシーを高めてから、ぜひ子供たちに正しい知識として伝えてもらいたいと思います。
教育関係者の方々の関心は? ~質疑応答~

中国の食品工場の衛生管理の問題が今クローズアップされています。食への信頼が大きく揺らぐ今、この現状に先生はどのような意見をお持ちでしょうか?

中国の食品工場へ何度も取材に行きましたが、取材して思うのは、中国のすべての工場の衛生管理が決してずさんではないということ。今回、問題が発覚したメーカーの工場は、管理が甘かったのだと思います。もちろん大勢の従業員の中には、衛生意識が低い人もいます。それをどう正しい方へコントロールするかが食品メーカーの仕事だと思います。日本の企業が指導や監視をしている工場の多くは、衛生管理が非常に厳しいです。それに、従業員がずさんな行為をしないように、製品を検査のために食べるときに従業員にもやってもらったり、社員食堂で製品を使ったりしています。自分が食べるかも、仲間が食べるかも、と思ったら、おかしなものはできませんので。
(松永先生)
質疑応答の様子
中国だけの問題ではなく、日本でも食品工場における衛生管理上の問題で食中毒が発生したり、ホテルや料亭で食品偽装の問題が起こったりしています。今もう一度考えて欲しいのは、食に携わっている人々が、どれほど社会で影響力のある仕事をしているかということ。食べるとは、口からものを体の中に入れる行為です。ファッションやインテリアと違って、人命に影響を与えることがあるわけですから、とても責任が重い仕事です。こういう事件が起こるたびに思うのは、教育がいかに大切かということ。小さい頃から食に対する知識をしっかり教育することで、一人一人が正しい判断ができる大人になることが大切だと思います。
(杉山先生)
質疑応答の様子

家庭科の時間が減っていて、調理実習が週1時間しか取れません。この中で、どのような教育をしたらいいでしょうか?

調理実習の中で何を教えたいかをはっきりと押さえることです。例えば、1時間のハンバーグ実習で肉の調理性について理解させたいと考えたときに、たまねぎのみじん切りの仕方も押さえようとすると時間がないかもしれません。そのような時には、スピードカッターでみじん切りにするなどの工夫も必要です。しかし、すべての調理実習が1時間でしか行いないとしたら、ごはんとおかず、汁物というような1食分の献立調理をすることは非常に困難です。栄養バランスのよい食事を考えることができ、それを実践できるようにするためには、1食分の献立を手順を考えながら調理できるようにすることが重要です。一品ずつ調理をしていては時間がかかりすぎて、現実的ではありません。通常、家庭科の授業は一週間に1時間の時間割であったとしても、児童・生徒の学習の必要性を考え、1食分の調理実習のときだけでも2時間続きでできるよう、時間割を調整させて欲しいと校長先生に訴えてください(笑)。2時間続きで行いたい内容とその理由を説明することは不可欠です。
食育は、生きていく上で必要な内容です。食に関する指導は、家庭科だけで頑張るのではなく、食育が児童・生徒にとって必要な事であることを周囲の先生方にも理解してもらい、一緒に食育を推進してください。
(杉山先生)
質疑応答の様子
まとめ
  • 食育は学校の教育活動全体で取り組むことが重要であり、教職員全員が食育の必要性を理解し、各学校で作成されている食に関する全体計画を確認しながら実施することが必要になります。家庭科は指導内容が明確に学習指導要領に示され、教科として全ての児童・生徒の学習が保障されている教科です。また食に関する指導の内容が系統的・継続的に設定されており、教科書など適切な教材を使った学習を行うことができます。家庭科での食に関する指導が、給食指導と異なる点は、家庭生活の中で食生活を総合的に捉えるという点です。家族の一員として食生活のあり方を考え、さらに消費者教育的な観点、環境教育的な観点も加わります。自分の健康を維持するための食べ方を考える食育の視点だけでなく、様々な視点で食について考えさせることも家庭科の役割です。

    この10年で食の安全が大きく進化したにもかかわらず、そのことが生活者に伝わっていません。マスメディアはもちろん、教科書もその進化に追いついていません。日々の情報に流されるのではなく、情報をしっかり咀しゃくして、自分の意志で良し悪しの判断ができるようになってください。そしてその姿勢を子供たちに伝えることが今一番大切だと思います。メディアリテラシーを高めることは難しいけれど、疑問に思ったら情報源を遡る意識を持つこと。食品安全委員会の副読本や、厚生労働省や農林水産省、自治体、研究機関などの発する情報を見て感度を高めましょう。食に対する不安が広がる今、皆さんが食品の安全について正しい見識をもつことが、子供たちに良い影響を与え、将来の日本を支えることにつながっていくのだと思います。
  • まとめ
講師からのコメント
杉山先生
(杉山先生)

たくさんの方に参加していただき、直接お話しをすることができ、とてもうれしく思っています。食育基本法が制定されてからもうすぐ10年。食に関する関心は以前より高くなっていると思います。しかし、大切なのはこれからです。自分たちの食生活の有り様を、自分の健康のためだけでなく、様々な視点から見直し、将来のことも考え、健全な食生活を実践することができる人間を育てることが大切です。

松永先生
(松永先生)

多くの方々が熱心に話を聞いてくださいました。ちょうど、中国産の鶏肉加工品で問題が起きた直後の開催でしたので、中国産への関心も高かったようです。食品の安全性は、生産国や産地ではなく、どのような管理を行っているかで決まります。そこに注意を向けてもらいたい、と思いました。
人は、多くの思い込みにとらわれています。私もそうで、日々取材することで一つ一つ思い込みを壊して新しい情報を取り込んで判断を再考する、ということを繰り返しています。これまでの考えをそのまま、という場合もありますし、考えを180度変えなければならないこともあります。情報を収集し考える柔軟性を持つことが大事だと思っています。先生方にも、柔軟に情報収集に務めていただき、世の中にはんらんする間違った思い込みに満ちた情報に惑わされることなく子どもたちを指導していただきたい、と願っています。

セミナーに参加して ~参加者の感想~
  • ・食育の家庭科での具体的な取り上げ方の意味がよく分かり、授業ですぐに実践しようと思いました。
  • ・「農薬」=「リスクが大きい」ではなく、マクロ的に考える必要があり、農薬で食の安全を守ることもあるという内容が印象的でした。
  • ・「トータルのリスクを考える」の内容が印象的でした。農薬、食品添加物を今まで悪いイメージで捉えていたが、必要な面もあることがわかりました。
  • ・杉山先生の「どう実践へとつなげるか」は、家庭科ばかりでなく、他の科目にも通じると思います。
  • ・最後の「マスメディア」の話が印象的でした。大切なのは消費者がきちんと正しい知識を持ち、情報を取捨択一できるようにならないといけないし、次世代の子ども達のためにも、私達が正しく教えてあげなくては、と改めて思いました。
  • ・農薬は生産量を増やすために使われると思っていましたが、そのプラス、マイナス面も考える機会となりました。
  • ・農薬は悪いというイメージが薄まりました。健康に過ごす為には何が一番必要なのか考えなければいけないと思いました。
  • ・必要量を使用することは大切なのだということが分かりました。
  • ・イメージが変わりました。無農薬でもすべてが良いという感覚はリセットしなければいけないと思いました。
  • ・生きていくため、また未来のためには必要なものもあり、上手に付き合っていかなければならないものだと思います。