農薬情報局 教職員向け

教育関係者セミナーレポート

食と未来の教え方

食に関する今と未来を子どもたちに教える教育関係者向けのセミナーから、
授業のヒントや教育関係者として知っておきたい内容をピックアップしてお届けします。

栄養教諭・学校栄養職員(食育担当)対象セミナー
食育を科学的に考える

2013年3月2日(土)

今回の講師は、この方たち
 
  • 【パネリスト】
    石田 裕美 先生
    女子栄養大学
    実践栄養学科長・教授
    栄養学博士
    石田 裕美 先生
  • 【パネリスト】
    畝山 智香子 先生
    国立医薬品食品衛生研究所
    安全情報部第三室長
    薬学博士
    畝山 智香子 先生
  •  
     
  • 【会場】
    東京ステーションコンファレンス 501 「A+B+S」ROOM
    東京ステーションコンファレンス 501 「A+B+S」ROOM

【司会】 フリーアナウンサー 野菜ソムリエ 小谷 あゆみ さん

講座プログラム
  • 第1部講演:「学校給食を食べること、それこそが食育」
  • 第2部講演:「ほんとうの“食の安全”を考える」
  • ・開催日時:2013年3月2日(土) 13:30~16:20
  • ・参加者:188名
第1部 学校給食を食べること、それこそが食育

講師:石田 裕美 先生

「給食」の立場から管理栄養士や栄養教諭の養成に携わる石田先生。研究で扱った子どもたちの栄養調査の結果などを盛り込みながら、学校給食が子どもたちに果たす役割について話してくださいました。

  • 給食は「健全な発育促進」から「健康管理」へ。
    家庭で充分な食事をとることができない子どもたちに心身の健全な発育を促す手助けとして始まった学校給食ですが、現在は2つの役割を担っています。1つは「健康管理」。今の子どもたちは「肥満」と「ヤセすぎ」の二極化が進み、肥満の子には「管理しましょう」、ヤセすぎの子には「食べましょう」といった管理が必要です。給食は年間190日も食べるもの。世界的に給食は1日に必要な栄養素の1/3と決められていますが、単純にすべてを1/3で算出して作る外国に比べ、日本では1/3に決めず栄養素によっては50%以上摂取できる場合もあり、これは専門職が献立を作るからできることです。学校給食がある日は1日に必要な栄養素のほとんどを摂取でき、余分な栄養素が抑えられるという調査結果もあり、給食が子どもたちに対していかに計画されたよい食事として機能しているかがわかります。
  • 会場の様子(第1部)
  • 味覚が育つ機会を奪う、“ひとり食べ”。
    日本スポーツ振興センターの調査では、小中学生のひとり食べの割合は小学生15.3%、中学生33.7%。多いと感じますか?少ないでしょうか?第二次食育推進計画では数値目標こそありませんが、子どものひとり食べを避けるという目標が掲げられています。子どものひとり食べは、さまざまな感覚が発達途中である子どもから味覚形成に重要な3つの機会を奪ってしまいます。1つは同じ食べ物を繰り返すことにより好みが増す “おふくろの味”効果の「単純提示効果」。2つめは楽しい雰囲気で食べたものが好きになり、逆の場合は嫌いになる「社会的強化」。3つめは他の人が食べる様子を見ることで好みを増やしていく「モデリング効果」。食べることは単なる栄養補給ではありません。子どもの“ひとり食べ”は、味覚や好みを増やしていく状況をすべて失ってしまうのです。
  • 会場の様子(第1部)
  • 子どもの食体験を広げる、食育としての給食。
    誰かと一緒に食事をすれば、感覚や味覚の体験を共有できる相手がいます。ひとりで食べると自分が感じたことを他の人がどう感じたか確かめる術がなく、学習効果が生まれません。私たちの調査では、子どもにはなじみのない福神漬けをお母さんがカレーと一緒に食べているのを見て興味を持ち、食べてみて、味や感じたことを会話していくことで福神漬けという食べ物の味覚と食べた記憶を獲得した例がありました。子どもが酸味や苦みがあるような野菜を受け入れられないのは受け入れる味覚が育っていないだけで、経験を積み重ねていけば受け入れられるようになります。現代では家庭の食卓に登場する食品のバリエーションが偏っているという調査結果があり、食体験を広げ楽しい記憶を刻むという意味では、学校給食そのものが食育と言えるのではないでしょうか。
  • 会場の様子(第1部)
第2部 ほんとうの“食の安全”を考える

講師:畝山 智香子 先生

食品中の化学物質の安全性を評価する畝山先生より、食の安全は「まず食品衛生が守られていること」という大前提を踏まえた上で、食品に含まれる化学物質の安全性という視点から「本当の食の安全」についてお話いただきました。

  • 「食の安全=リスクゼロ」ではない。
    まず食品とは何かを定義すると人間が生きるための栄養やエネルギー源として食べてきた、食べてもすぐに明確な有害影響がないことがわかっている「未知の化学物質のかたまり」です。ただし明確な有害影響がないというのは今まで人間が食べてきて安全だったからに過ぎず、これが現在の「食の安全性」の考え方です。人類が80歳を超えてなお寿命が延びる経験は過去になく、80年以上食べて初めて有害影響が出る食品があっても未経験なのでわかりません。例えば、スギヒラタケの脳症への影響のほとんどは高齢の透析患者でした。これまでは重い病気を抱えて長生きする社会ではなかったので有害影響は出なかったわけです。言ってみれば私たちは今、壮大な人体実験の最中のようなもので、「食品だから安全」とは一概に言えるわけではないのです。
  • 会場の様子(第2部)
  • 部分的なリスクではなく食品全体で考える。
    食品のすべてがわからない以上、食の安全性は「リスク分析」という科学的ツールで担保されます。リスクとは「有害なものがどのくらい入っていて、それを人がどのくらい食べるのか」で測られるため、リスクがある・ないの二分法ではなく「どのくらいの大きさか・どちらが大きいか」という定量と比較の問題になり、「食品が安全である」=リスクゼロではありません。食品のリスク研究者にとって食品とは未知でグレーな存在(図参照)です。残留農薬や食品添加物はリスクのある化学物質として問題になりますが、「構造が明確で、使用方法が限られ、管理されている」という面では不明確な食品よりはるかにリスクが小さいと考えられています。食品添加物や残留農薬という一部だけを調べても食品そのもののリスクが減るわけではなく、全体的に考えることが重要なのです。
  • イメージ図
    出典:畝山 智香子
    国立医薬品食品衛生研究所
  • 一番のリスク回避は多様さとバランス。
    残留農薬や食品添加物といった食品中で管理されている化学物質と同じように食品を評価するために、玉ねぎを食品添加物として申請したらどうなるか考えてみます。玉ねぎは動物には毒性が高いけれど人間には毒性が低い特殊な食品で、農薬や食品添加物で行う動物実験だと体重50kgの人は1日に25mgしか摂れなくなり、料理に使った時点でアウトです。また切ると涙が出るというのは有害化学物質が出ている証拠で、これが労働環境で起これば問題になり管理が求められます。実験で死んだ動物の写真を取り上げれば恐怖や不安をあおります。よくある残留農薬や添加物のニュースはこれと同じことが行われています。重要なのは、食品にはもともとリスクがあるということを認識し、リスクを分散するためにも、種類や産地、栽培法など特定の食品に偏らないこと。それが、世界中の食品安全機関が健康と安全のために一致して薦める「多様な食品からなるバランスのとれた食生活」という助言の意味です。
  • 会場の様子(第2部)
教育関係者の方々の関心は? ~質疑応答~

放射性物質やPM2.5の影響が気になります。

今日まさにPM2.5が報道されていますね。私たちは報道によって情報を得るのでそれがすべてと思いがちですが、一部で報道されているように実は飛来するPM2.5よりタバコの受動喫煙のほうがはるかに害が大きいです。食品の情報も同じで、害になる問題とそうでない問題を正しい情報を得て判断しなければならないと思います。
(石田先生)
質疑応答の様子
放射性物質はゼロでなければ、という話を聞きますが、放射性物質1ベクレルよりもリスクの高いものを私たちは食べていますので、その事実を踏まえた上でリスクの高い問題から管理すべきです。特に放射性物質対策を謳う怪しげなサプリメントや偏った食事をするほうがよっぽどリスクが高いということを知ってほしいですね。正しい情報を入手しないと結果的に損をするのは私たちと子どもたちなのですから。
(畝山先生)

多くの食物アレルギーを持つ子が増えています。なぜ急に増えたのでしょう?
学校給食ではどのような対応があるか教えてください。

免疫機能の問題かもしれませんが、なぜ増えたかはわからないというのが私の回答です。悲惨な事故もありましたが、基本的にはどう管理してどこまで加味するかをルール化するオペレーションの問題だと思います。当事者のことを考えるとできるだけみんなと同じ給食を食べさせてあげたいと思うでしょうが、さまざまな条件の中でどこまで責任を持って対応できるか、その仕組みをどう作り上げるかということが大切だと思います。
(石田先生)
質疑応答の様子
食品中の化学物質の安全性という意味ではアレルギー対策が一番大事です。栄養教諭の方は食品添加物や残留農薬についての授業よりアレルギーの勉強をしてくださいというのが正直な気持ちです。リスクの大きさが圧倒的に違うので、リスクの大きい問題にはそれなりのリソースを割いて勉強してほしいです。新しい情報を取り入れ、「アレルギーが起こったらどうするか」「アレルギーの人へのベストな対応」などについて話し合ってください。また「無農薬ならアレルギーになりません」といった嘘の方法を絶対に教えないでほしいです。
(畝山先生)
質疑応答の様子
まとめ
  • ある学校で給食の食べ残しを調査したところ、非常に食べ残しが多く、子どもたちの多くは「食べ方がわからない」「食べたことがない」という理由で手が出ないことがわかりました。家庭での食体験がそれだけ狭くなっている現実もあり、給食は子どもたちの食体験を広げていく大きなチャンスです。限られた条件の中での給食であることを理解してもらい、学校職員や栄養教員だけががんばるのではなく家庭や地域と連携した取り組みを行っていくことが重要です。

    また、食品のリスクはゼロではないと理解をした上で食の安全を考えなければなりません。食品そのものの未知なリスクと比較すると基準値で管理されている残留農薬や食品添加物は無視していい程度の小さいリスクです。特定の食品や無農薬にこだわること自体がリスクを大きくする可能性があるので、栄養士さんは栄養バランスだけでなく「リスクを分散する」という意味で多様な食品からなるバランスのとれたメニューを考える必要があります。
  • まとめ
講師からのコメント
石田先生
(石田先生)

食育を実践している先生方の熱心なまなざしが印象的でした。
保護者や教員の方々の食育や給食への思いが多様であり、栄養教諭、学校栄養職員としてそれをどう受け止め、どのように対応したらよいのかということがいずれの質問にも共通していたように思います。
それゆえ、質問の答えは必ずしも一つではないのかもしれません。
最後の質問の時間帯は、単なる質問ではなく、ご自身の考えも示した上で発言されており、演者であった私も刺激を受けることができました。

畝山先生
(畝山先生)

たくさんの人が熱心に聞いていたと思います。参加者は比較的若い女性が多かったと思いますが、男性に質問を頂いたのは良かったと思います。

質問では、若い栄養担当教諭が、自分より年上であろう保護者からの相談などに困っていることが伺え、間違った情報の氾濫による社会への有害影響は大きいのだと改めて実感しました。
セミナーに参加して ~教育関係者の感想~
  • ・石田先生の「よい記憶とともに、どれだけ味覚を発達させるか」という言葉、給食がよい思い出として残ることプラスいろいろな食経験をさせることが大切だと感じました。牛乳を毎日出すことの意義について改めて考え、大切だとわかりました。畝山先生のリスクのイメージが印象に残りました。
  • ・食の安全の講演にかなりインパクトがあり、興味深かったです。安全性が認識されている添加物よりも認識されていない天然の物の方が危ないということに驚きました。
  • ・児童に向けて話す際の自信になりました。子どもたちから日ごろ投げかけられる質問に、うまく確信を持って答えられるように思いました。授業より試食会で親たちにお話ししたいと思います。
  • ・印象に残ったのは、残留農薬よりもタマネギの方が危険?というお話です。食品の安全性のイメージが変わりました。
  • ・まずは資料を職員にまわしたいと思います。
  • ・学校給食の大切さでは今までの聞いたセミナーの中で一番わかりやすく、なぜ必要なのかデータをもとに各事項の重要性を理解し直すことができました。これからの参考にします。
  • ・農薬は人体にとって「悪」と思っていましたが、他にも食品に含まれる物質の中にリスクがあると知って見方が変わりました。
  • ・大変勉強になりました。石田先生のお話が大変興味深かったです。農薬に関するさまざまな知識も得られてよかったです。次回はアレルギーに関するセミナーをお聞きしたいです。
  • ・食の安全に関してもともとリスクがあるという発想がなく、基準値などに関しても報道を直球で受け止めていましたが、背景も考え賢い消費者になることが必要だと思いました。
  • ・「本当の食の安全を考える」の内容は目からウロコの情報でした。ただ、これを児童に正しく伝えることは難しいと思います。
  • ・食品の汚染のイメージをイラストで表現した場合の一般人のイメージと研究者で大きく違うという点が印象に残りました。
  • ・無農薬については漠然と不安を持っていましたので、今日のお話を聞き職場でも説明しようと思います。