農薬情報局

防除の文明史

18.病害の防除(1)ギリシア・ローマ時代

古代ギリシア・ローマでは多岐にわたる文化が発達した。農業においても作物の病害に関するいろいろな事跡が記録されている。

1.ギリシア時代
ギリシアの哲学者テオフラストス(紀元前約373―前約287年)は、大著『植物誌』全9巻を著している。そのなかに出てくる病害の種類は、オリーブの瘡痂病、イチジクの根腐病、枝枯病、ヒメウイキョウの潰瘍病、白粉病、麦類の銹病・麦角・黒穂病などである。
彼は、植物の発病について私見を述べている。たとえば、野生植物は栽培植物よりも罹病しにくい、イネ科作物は銹病にかかりやすい、とくに大麦は小麦より も罹病しやすいなどとしている。また気象などとの関係にも言及し、イチジクの瘡痂病は、すばる星が現れてから降雨が少ないと発病する、黒穂病は太陽光線の 影響によるなどという。
一方、当時の農民は、植物の病気の発生は天意によるものと信じていたので、アポロンをはじめ諸神に作物の無病豊穣を祈っていた。学者も一般に病害虫の防除は人力の到底およばないものと考えていた。
ギリシアの哲学者 テオフラストス
ギリシアの哲学者 テオフラストス
2.ローマ時代

古代ローマの科学上の事跡は、プリニウス(23―79年)が集大成した『博物誌』全37巻に詳しい。その第7巻には、小麦の銹病は霜害によるものだから早 播きをして銹の現れる以前に成熟させる、あるいは月桂樹を圃場に挿しておくことなどを記している。また、小麦の種子を人尿とイトスギの煎汁に浸漬すると、 黒穂病を防ぐ効果があるという。ワインも種子消毒に利用されていた。
この時代の農民は、ローマ神話の農業神サトゥルヌスに豊作を祈願した。銹病の被害はとくに顕著であったので、ローマでは4月25日に銹病神祭(ロビガリ ア)が行われていた。この官祭はローマ皇室の祭司が執行し、行列はローマから5マイル先のロビグス神の聖地まで進んだ。そして聖職者がこの穀物の神に作物 の無病を祈祷し、羊と赤犬を供犠したという。
当時の病害防除法では、祈祷や呪術のほかに「アムルカ」が使われた。これはオリーブの果実をしぼって調製された液体で、多くの作物の病害虫の防除に利用されていた。すなわち、アムルカは現代の殺菌剤や殺虫剤の先駆者なのである。