農薬情報局

防除の文明史

10.性フェロモンことはじめ 日本がパイオニア

いま人間社会では、情報伝達技術の重要性が声高にとなえられている。また、昆虫をはじめ動物社会の匂いによるケミカル・コミュニケーションの究明が、近年急速に進展している。とくに性フェロモンは害虫の発生調査・大量誘殺・交信撹乱などの場面に応用されており、昆虫行動制御物質(insect behavior regulator:IBR)の主力である。

欧米では実験
性フェロモンはドイツのA.ブーテナント(ノーベル化学賞受賞)らがカイコのメス蛾の尾端からオス蛾の誘引物質を抽出し、その化学構造を決定したのが最初 である(1959)。その実験材料のカイコ(さなぎ)は日本から提供された。そして、カールソンらはこのような生理活性物質(旧称エクトホルモン)をフェ ロモンと呼ぶことを提唱した(1959)。この性誘引物質「発見」のエピソードとして、よくファーブル『昆虫記』第7巻(1901)の「オオクジャクガの 夕ベ」のくだりが引き合いにだされる。彼はいろいろな実験を重ね、オスが触角でメスの匂いを感受することを確かめている。
一方、アメリカではE.H.フォーブッシュらが『マイマイガ』(1896)のなかで、この蛾の処女メスは匂いを放出してオスを誘引することを野外実験 (33例)で確かめている。その後、同国農務省ではこの誘引物質の化学構造を研究し、ジプトール(1960)、ジプルア(1962)と名付けた物質で失敗 (誤同定)を重ねつつ、ついにディスパルア(1969)を確認した。
性フェロモン利用の初の記録
性フェロモン利用の初の記録
(1876年刊)
日本では実用
ところで、日本は蛾の性フェロモン利用のパイオニアであることを家蔵の古文献から発掘した。すなわち伊藤圭介(1876)はシンジュサン(「ミヅキ虫」) のメスでオスを誘引し、交尾産卵させてマユをとること、同様に尾崎行正(1876)はクワコ(カイコの原種)のメスでオスを誘引してマユをとることを記し ている。逆に松村松年(1899)はカイコのメスでクワゴ(桑の害虫として)のオスを誘殺、オオミズアオとクスサンのメスでそれぞれのオスを誘殺して、こ れらの樹木害虫の防除をすすめた。
このようにみてくると、欧米ではまず実験により性誘引物質の存在とその感受器官を確認したのにたいし、日本では誘引現象を観察して、それをただちに養蚕 あるいは害虫防除に利用している。これは洋の東西の発想法の基本的な差異を示す好例であろう。そして、この傾向は今日まで続いているように思う。
ちなみに、日本で農薬登録されている合成性フェロモン剤は約20種類あり、おもに交信撹乱用に使われる。そして、性フェロモン剤の利用と合成技術では、わが国が首座を占めている。