農薬情報局

防除の文明史

5.ノミとの攻防

私たち人類は太古からノミ、シラミや蚊などの吸血昆虫に悩まされてきた。それで、古来いろいろな防除法が考案されている。ヒトの学名(ラテン語)はホモ・サピエンス(賢い人)というだけあって、なかには奇抜な方法もみられる。ここではノミを例にして紹介することにしたい。

ノミ毛皮
ノミは後ろ脚(あし)がよく発達しており、それでピョンピョンよく跳ねる。ヒトも「ノミ取り眼(まなこ)」で追いまわすが、ここと思えばまたあちらで、な かなかつかまえられない。 そこで、こちらも一策を練る。16世紀のフランスやイタリアなどでは、貴婦人たちが「ノミ毛皮」を首に巻いていた。このえり巻 きは居心地がよさそうなので、人体にたかっていたノミたちはそちらへ移動する。ころあいをみて、ときどき「虫も殺さぬ」ような顔をして、どこかヘパッパッ とノミを払い落として、また身につける。つまり、このえり巻きは防寒、おしゃれ、駆虫の三役を果たしていることになる。
18世紀の前半、ドイツのF.ブリュツクマン(1729)は「胸飾り(ペンダント)兼用ノミ取り器」を発明した。これは図aのように筒(左)の中へ、新 鮮な動物の血か蜂蜜をぬりつけた棒(右)を差し込む。これを首から胸元にぶらさげておく(図b)と、ノミたちはそのにおいに誘引されて筒に開けてある多数 の小孔から中に入り込み、体が粘着して捕えられるというのである。もっともらしい「重厚」な仕掛けではあるが、実用されたのかどうかは不詳である。どちら も女性のファッションに関連しているのはおもしろい。
ところで、日本でも江戸中期には「猫の蚤(のみ)取り」という商売があったらしい(井原西鶴『西鶴織留(さいかくおりどめ)』1694)。これは大坂 (大阪)での話で、男が「猫の蚤を取りましよ」と呼び歩く。声がかかると、まずその猫を湯で洗い、ぬれた体を狼の毛皮に包んでしばらく抱いている。する と、ノミはぬれた猫の体を嫌って、みな狼の毛皮の方へ移ってくる。それを大道へ振るい捨てるのである。代金は猫一匹について三文であった。これは上記の 「ノミ毛皮」と同じ発想であることが興味深い。
イラスト
「正攻法」一殺虫剤
上に述べたのは、いわばトリックであるが、その後は「正攻法」により成功をおさめている。明治以降、ヒトノミは除虫菊(ピレトリン)の「蚤取り粉」のあ と、戦後のDDT粉剤の洗礼を受けて絶滅したかに見えた。ところが、1971年にDDTの販売が禁じられてから、室内の飼い猫のネコノミが飼い主にも取り つくようになり、その被害者が増えてきた。現在は、いろいろな新しい殺虫剤や昆虫成長制御剤(IGR)が開発され、ネコやイヌのノミの駆除剤として使用さ れている。