農薬情報局

防除の文明史

4.イギリス 害虫学の誕生

イギリスは、近年リバイバルしているナチュラル・ヒストリー(自然史)の故郷(ふるさと)といわれる。同国では19世紀前半にはW.カービー(1759-1850)やJ.O.ウエストウッド(1805-93)などが古典的名著を書いて、昆虫学をいちじるしくレベル・アップした。けれども、これらはいずれも分類や形態など基礎的な分野を主体としたものであり、その当時「害虫」にたいする関心は低かったし、情報も乏しかった。
続いて19世紀後半になると、J.カーティス(1791-1862)およびE.A.オームロッド(1828-1901)という「ノンプロ」のパイオニアが現われて害虫学が誕生し、その基盤をつくった。

カーティスの害虫書
もともとカ一ティスは高名な昆虫銅版画家であり、大著『英国昆虫学』全16巻(1824-40)により知られている。その完成後は農業害虫の研究に努め、 『農園の害虫』(1860)という大冊(528ぺ一ジ)を著した。この本は欧米のみならず、明治初期の日本でも広く利用された。みごとなカラー図版(カッ ト参照)や、詳細な生態の研究に基づいた防除法が記されているので歓迎されたものであろう。
G.オーディッシュ(1976)は、有史前から現代までの害虫防除技術史を五つの時代に区分し、その第三番目の時代を1860年(『農園の害虫』の出 版)から1942年(BHCの殺虫性の発見)までとしている。すなわち、この本の刊行にエポック・メーキングな意義を認めているのである。
この『農園の害虫』には、現代流の用語で大別すると、物理的防除、農業的防除、生物的防除および化学的防除の新技術が記されており、今日のものと原理は同様である。
化学的防除で使われる物質を列挙する(順不同)。煙草液、木灰、菜種油かす、硝酸ソーダ(木灰と混用)、煤、生石灰、石炭灰、塩水、石けん水、灯油や硫黄(倉庫燻蒸)など。
害虫イラスト
女性の活躍
つぎに、前述のオームロッド女史は、名家の出身で生涯を通して独身、私的に害虫の研究に傾注し、多くの報告書や著書を刊行した。防除法についてはカ一ティスのものと大同小異であるが、パリスグリーン(酢酸亜砒酸銅)をアメリカから導入して、プラムの葉を食害するフユシャク(冬尺蛾)の幼虫の防除に実用化(1890)したことが特記される。そのほか、果樹害虫にたいしてはケロシン乳剤、石灰水、水石けん、パラフィン、洗濯ソーダ、硫黄や煙草液などがある。
彼女の害虫研究へのボランティア活動が刺激となり、その没後まもなく同国政府は「農業害虫専門家」の制度を新設することになった。