農薬情報局

防除の文明史

1.ギリシア・ローマ 化学的手段の芽生え

人類がおよそ1万年前に農業を始めてから、作物に害をあたえる病害虫や雑草には、絶えず悩まされてきた。それは今日まで続いている。その間、各時代の文明のレベルに応じて、いろいろな防除法が案出され実行されてきた。これから号をおって、その技術のあゆみの跡をたどってみることにしたい。

神への祈りは通じたか
古い時代には、洋の東西を問わず害虫の大発生は神の怒りや悪霊のたたりによるものであり、とうてい人力のおよぶところではないとして、恐れられていた。
当時も現代も地上最悪の農業害虫は飛蝗(ひこう)(トビバッタ類)である。このバッタが大発生して群飛すると、ギリシアでは太陽神アポロンに、またローマでは天空神ユピテルに、ひたすら「悪虫退散」を祈願した(宗教的防除法)。そして、飛蝗が次なる餌場を求めて飛び去ると、これを神徳のおかげとして、神々はますます崇められたのである。
また、素朴なまじないも大まじめでおこなわれていた。たとえば「髪を束ねず、胸もはだけた処女に畑の生け垣のまわりを三周させると、イモムシは地面にころがり落ちる」(久米仙人の昆虫版!)、「ザリガニを畑のまんなかに吊しておくと、イモムシを防ぐことができる」…など。このような“防除法”なら、毒性・残留・抵抗性などの問題とも無縁である。ただし、その効果のほどは保証のかぎりではない。
アッシュールの陶板
種子をワイン漬け
ところで、化学的防除法として、この時代にはいろいろな植物の煎(せん)汁や浸出液、動物の骨、ふん、脂や血などが利用された。
まず、種子消毒は当時もっとも普及した方法である。種子を各種植物の浸出液やワインに漬けたり、シカの角の粉でまぶしたりして、播種後の害虫を防ごうとした。
生育中の作物にたいしては、バイケイソウ、ウチワマメ、ドクニンジンやツルボなどの浸出液が散布された。こんにち、これらの植物からは殺虫成分が発見されている。また、アムルカ(amurca)とよばれるオリーブ油のしぼりかすが、主に殺虫剤として好んで利用された。このアムルカや硫黄を使った燻(くん)蒸法や燻煙法もおこなわれている。
作物の間に別種のおとり植物を混植して、この作物を害虫から保護する「耕種的防除法」もあった。
以上のように迷信や神頼みは別として、古代の防除法のプリンシプルは、現代のそれと大差がないということを指摘しておきたい。